デュエットとシェイクスピアと字幕

2021年10月2日の土曜日には、柔らかい美声の持ち主Lutherヒロシ市村のリサイタルがあり、私はデュエットとせりふと字幕の役割で参加しました。

緊急事態宣言解除直後のルーテル市谷ホールで、80名近いお客様にご来場いただき、暖かい拍手に涙が出そうになりました。

お越しくださった皆様、そしてクラウドファンディングで支えてくださった皆様、さらに、配信をご購入の皆様、本当にありがとうございます。

デュエットは、モーツァルトのオペラ『コジ・ファン・トゥッテ(女なんて、ふん)』からドラベッラとグリエルモの浮気ソングを歌いました。

今年の成長は、歌の響きを感じながら歌えたこと、怯えなかったこと、さらに、字幕のリモコンを扱いながら歌えたことです。

当日のドレスリハーサルの時は、字幕のリモコンを握り締めたまま、ボタンを押すなんてとても!という状態で、一体なんのためにリモコンを持っているのだ、命綱かよ、という感じでしたので、心底ホッとしました。

字幕は、イタリア語とロシア語を英語に直したものから、字幕のタイミングに最適な文字数に翻訳して、作成しました。

そして、ピアノの脇で、パソコンを開いて、楽譜を目で追いながら、タイミングを合わせてボタンを押して、字幕を進めていきます。

舞台に立ってしまうと、リモコンを使わざるを得ず、タイミングを頭で憶えてリモコンを押すのです。綱渡り!

せりふは、シェイクスピアの歴史劇『ヘンリー四世』から、ファルスタッフとハル王子のコミックシーンを抜粋し、他に俳優2名の助けを借りて、遊び語りとして上演。

これも、悪口雑言大会の部分が、英語の響きも面白いので、英語で喋りながら背後に字幕を流す(これまた自分で喋りながらのリモコン操作)ようにしました。

青いミニスカートワンピースのガール、赤に金糸のジャケットにロングブーツの王子、そして、字幕、といずれも大好評でまずは安心しました。
ルーサーさんの歌は本当に素晴らしく、ゲラゲラ笑いあり、ほろっと涙あり、感動の競演ありで、これはもう書けばそれだけで何日間分ものブログになってしまいそうです。

お写真ができてきたらまたお知らせしますね。

健康に過ごしてくださいね。

次はデュエット!

池袋演劇祭でコロナ禍で生まれた演劇『Plays 4 COVID』に出演してから1週間が経ちました。舞台写真を3枚ご紹介して一段落といたします。

巻物を色とりどりの和紙にしたおかげで、白一色の衣裳と鬘に場面ごとのアクセントをつけることができました。


さて、こうして『さあ、未知の劇場の姿とともに』は無事に閉幕したわけですが、すぐに今週末は、コンサートへの客演が迫っています。
それはこちら

ルーサーさんの素晴らしい歌声に、僭越ながら1曲だけデュエット参加させていただきます。
あと、字幕を担当します。

先日は、上演するホールでリハーサルがありました。そのとき初めて、自分の声がホールの中をめぐって自分に帰ってくるのが感じられました。ピアノや共演者の声と同じ波長にいるかどうかが聞こえてきて、調整しながら合わせることができたと感じています。

これ、私にはすごいことで。歌への苦手意識が無くなり、できないところとできているところが少しずつわかってきたわけです。

れはともかく、ルーサーさんの歌が、本当に素晴らしいので、緊急事態宣言も終わるようですし、ぜひいらしてください。


2021年10月2日17:00開演予定 多彩なゲストを迎えてお送りいたします! チケットお申し込みは
https://bit.ly/2WKqNbd

感想は色々あるのが良い

先週の池袋での公演、コロナ禍において書かれた新作を集めた『Plays4COVID』シリーズから、今日も舞台写真の続きを紹介しながらお話ししますね。舞台写真撮影は全て渡辺格さんによるものです。

髪の毛を白にしたのは、照明を綺麗に見せるため。この鬘は、髪の毛の量もたっぷりで、カールもしっかりしていて、気に入っています。3月の『テンペスト:大嵐』でエリアルを演じた際に着用していた青い鬘とおなじところの製品です。

たくさん、お褒めの言葉をいただいていて、感涙です。

劇作家本人もライブ配信をご覧くださり、感動したと言っていましたよ、と翻訳家から連絡をいただきました。

このキャラクター設定での解釈は、もしかしたら作家の意に沿わないかもしれない、と思いつつ、演出家としての本能を信じて、正直に演じました。それが伝わって嬉しい。

嫌いな人もいると思います。私自身、最初に思いついたのはTED風の、博物学的スライドショーで、その方が好きだと思う人もまた、いるかもしれない。

淡々と演じるのが好きな人と、熱く演じるのが好きな人。いろいろあって良い。

よくないのは、大衆迎合。

「こんなことをしたら、どう思われるか、怖いからやめておこう」と安全策を選ぶのもダメ。

というか、私のスタイルではない。

どちらかと言うと、「なにそれ!」が好きで、最終的にはそれを選んでしまう。

使った巻物は、円の中に置いていきます。

ギリシャ演劇では、演者は仮面をつけ、頭を大きくし、そのバランスを撮るために、上底ブーツを履きました。
私は仮面こそつけませんでしたが、上底ブーツで少し存在を大きくしています。ちなみにギリシャ演劇の厚底は、20センチ以上あったようですよ。


おまけ:
ワクチン接種も終わったし、演劇祭も終わったので、乗馬に行ってきましたよ。その記事はお写真満載のブログでご覧いただけます。よかったら
https://elicamiwa.com/blog/2021/09/25/horseriding1/

作家の思いを形にする=演出

おかげさまで配信も好評のうちに終了しました。リアルでもオンラインでも、ご覧いただいた皆さまに心からの感謝を申し上げます。

今回の演出は、一切台本には書かれておらず、全て私の頭の中から湧気上がってきたものです。

しかし、「全く書かれていない」のではなく、表面的な字面では書かれていなくても、文章の奥深くに何か言いたいことがあって、それが演出家の脳に働きかけているというのが本当のところです。

台本が演出家の脳を刺激すると、演出が生まれます。

演出とはどういうものなのか、舞台写真の続きを紹介しながら少しお話ししますね。舞台写真撮影は全て渡辺格さんによるものです。

地上の劇場に降りてきたことに気づいて世界を明るくするところ

巻物になにが書いてあるかは、このキャラクターも知らず、そのテーマのタイトルを読み取ってから、それについて話す。そのような演出をつけました。

台本というものは、チェーホフやイプセンのように詳しく設定や小道具や動きが作家によって決められているものと、シェイクスピアのように演出家が自由に設定や小道具や動きを考えてよいものと、2種類あります。

この『さあ、未知の劇女の姿とともに』は、元々、作家がコロナ後の初の演劇祭の開催にあたり、その開幕のスピーチとして、読み上げた原稿なのです。

ですから、初めてこの台本を手にしたとき、私は、研究者の論文発表のように、スーツをきて、博物学的なスライドをたくさん用意して、TEDかAPPLEの商品発表のように、スライドを紹介する研究者が自分の原稿を読み上げる、という演出を思いつきました。

けれど、何度も読み返すうち、本来の演出家である私の想像力が、ありがたいことにどんどん刺激され、博物学の紹介以上のことができるのではないかと思い始めました。

そして、決め手になったのは、「私には見えます、劇場のそこここが自然を取り戻していく姿が」という文章でした。

コロナ禍で劇場が封鎖され、演劇の神が劇場に降りてくることができない。

ついに細々(ほそぼそ)とでも劇場が開くようになって、やっと降りてきた、打ちのめされた演劇の女神が、演劇の未来は必ずある、と伝えにきたイメージです。

さらに、「自然を取り戻す」からには、デジタルよりも完全にアナログというか、現代的技術を使わない古代の演劇と同じような形にすると良いのではないか、と思い至りました。

そこへ、数日前の記事でお伝えした「どうせリーディングなら、台本を手荷物のとは違う形で台本を舞台に出現させられないか」という思いが繋がって、

・降りてきた演劇の女神→女神の託宣→巻物

と魔法のように次々とイメージが現れてきたのです。

これが私の今回の演出です。

このように、台本に何も指定がない場合は、演出家はさまざまな可能性を追求することができます。

(イプセンやチェーホフ、岸田國士のように、確実にこれをこの設定で用意せよ、というものの場合は、見た目の奇抜さよりも、キャラクターの心理の山づくりで全てが決まるので、それもまた演出家にとっては難易度が高いのですが)

私以外の人がこの台本を演出したら、今回のとはまた、全く異なるものになっていたことでしょう。

演出はかくも面白いのです!

次回、さらにお写真をご紹介しますね。
演技や演出について勉強したいな、知りたいな、と思う人はよかったら私にお便りくださいね。

中身覗き見

舞台写真ができてきたので、少しずつご紹介しますね

冒頭です。繭かタイヤのイメージです。

暗転板付き という舞台用語で、真っ暗な中、お客様に気が付かれないように指定の場所まで行き、照明が付くとまるで異空間から登場したかに見えます。

照明を箱とキャラクターだけに集中しました。

衣装の裾が長いので、一度しゃがみ込むと踏まずに立ち上がれるかどうか、スリリング!

撮影はいずれも、渡辺格さんです。

配信が24日まで

https://www.stage-channel.com/iti-ticket