ELICA's IKI

投稿者: ELICA MIWA

  • 乗馬 Day 53: ファーストキス

    乗馬 Day 53: ファーストキス

    2023年5月30日 晴れ。昨日までのかなりの雨で馬場はかなりぬかるんでいるだろうと、ゴム長靴で乗馬。体調不良と雨とで2週間お休みしたので、3週間ぶり。洗蹄場のダンツ君は私を憶えているようで嬉しい。

    お昼を食べた後の晴れの午後はいつもお眠なダンツ君。馬場に出てもあまり歩きたくない様子。それでもなんとなく私のスタートに付き合ってくれて、てくてくとぬかるみを避けて右回り。それから右手前で方向を変えて左回り。方向指示は坐骨で。私自身、右回りの指示は出しやすいけれど、左回りの坐骨指示が不器用だと感じた。

    ついで軽速歩。今日はなんだかとってもうまくできた気がする。ゴム長靴だったせいか、安澤先生が拍車をつけてくださった。投げ上げられて降りてくる時にお腹を抱え込む、そのとき拍車(踵)がちゃんとお腹に触ることで、まだ進むよ、と指示代わりになるように。ダンツ君は、1周すると門の前で止まってしまうので、まずそこを止まらずに先へ進められるように、何周も練習。それでも、乗っているときはとってもいい感じでリズムを掴めてきたように思います。ちなみに、もう一頭、自馬会員さんが入ってこられて速歩をなさっていたのですが、それを見たダンツ君も「あ、俺も速歩やろう」と勝手に速歩を始めてくれました。気ままだな〜。

    ついで正反動。今日はぬかるんでいるので駈歩はどうかな。軽速歩のときもかなりつまづき気味。つまづくというより、ぬかるみに足が深く入って前屈みになってしまうのね。だから4歩がたとえば四分音符のまま進むわけではなく、八分音符やシャッフルが入ったりするのですが、まだまだそれに着いていくには伸び代がある。正反動は、はじめのうち、お、結構できるようになったかも!と思ったのですが、やればやるほどうまくいかなくなる。なぜかというと、ダンツ君の調子が上がってきて、スピードが速くなったから。速いスピードの投げ上げにうまく股関節と骨盤がついていかない。硬いわけじゃないらしいのですが、単純に筋肉や運動神経の鈍さゆえ、ついていけない感じです。なので、まだまだ右手で鞍ホルダーを持り、後傾をがんばる。後傾をがんばると、右脚で馬のお腹に拍車を当てることが全くできない。拍車を当てようとおもうと前屈みになる。また、後継しようと思っても投げ上げられ度が高いので、つい怖くて手綱を引き絞ってしまう。ダンツ君、ごめんなー。

    でも駈歩に入るよりも、正反動をたっぷり練習したかったので、今日はこれで満足です。ゆっくりクールダウンで1周。

    洗蹄場で、お水にポカリスェットを混ぜてあげて、濡れタオルで汗を拭く。ダンツ君、ようやく私に慣れてきたようで、ちょっと嬉しそうなのがわかって私も嬉しい。そして恒例のセルフィータイム。ダンツ君はやっと顔をたっぷり触らせてくれるようになり(いやだと首を高くあげてこちらを見下ろすのだ)、なんとキスまでさせてくれました!最高の進歩。

  • アイルランド50代女一人旅 8: 上流階級のひととき

    アイルランド50代女一人旅 8: 上流階級のひととき

    前回の日記で、Carrygerry Country House について独立記事にしますと申しました。ここではその素晴らしいカントリーハウスをご紹介します。もうぜひぜひぜひぜひ訪ねてほしい。その際に守るべきマナーなどもお伝えしますから、アイルランド上流社会の生活をミニ体験してください。

    Carrygerry Country House キャリジェリ・カントリーハウス。
    アイルランドを縦に流れる、ブリテン島全体の中でも最大の川、シャノン川の河口近く、シャノン国際空港のすぐそばにあります。
    シャノン国際空港は、ヨーロッパ便がありますので、ヨーロッパとの行き来にはとても便利。でも日本から向かうには、やはりダブリン経由、バスまたは列車で向かうのが良さそうです。

    1793年建築の屋敷。正面からの全景。左のガラス張りの建物は、昔の温室で、今はダイニングルームとして使われています。夜はキラキラと、朝は燦々と陽が入り、とても気持ちよく食事ができます。

    リムリックからの美しい道路をぐんぐん西へ進み、田舎の一本道になって、ついにCarrygerry Country House 以外へは到達しない道に入ります。つまり、この邸宅へ向かうためだけの道です。わお。

    少し不安になりながら木々の間を抜けていくと、突然風景が開け、この屋敷が現れました。小説か。

    屋敷の前に数台の車が停まっていたので、ここが駐車場だろうと車を停めて外へ出ると・・・

    えっ、あれはなんですか?
    馬ですね? 馬です。馬です!! 馬ですっ!!!

    動画日記も君管(YouTube)にあげる予定ですが、興味津々の仲良し二人組くんたち、すぐに私の方へ寄ってきてくれて、ふがふがしています。もちろん、初めて出会う馬には手を出しません。危険すぎる。

    興奮していると、女主人が出迎えに出てきてくれました。

    私の部屋は、3階の向かって左側の角部屋です。
    ただし、イギリス式だと日本の1階は「地階 Ground Floor」、2階を「1階」と数えますので、イギリス式だとここは2階ということになります。
    また、イギリスの邸宅(少なくとも19世紀まで)は、地階の天井が最も高く、上階に行くに連れ、天井高が低くなるように設計されています。地面から見上げた時の遠近法で巨大な屋敷にみえるように、ですね。
    そんなわけですから、3階のこの部屋は、行ってみれば「屋根裏」でもあるわけで、天井は高くありません。屋根は傾斜していますから、昔は格の高い部屋ではなかったはずです。が、宿の主人は、「実際はこの家の中で最も良い部屋」と言っていました。

    たしかに、角部屋ゆえ、窓が二方向に三つあり、とても気持ちが良い!

    大きな重いスーツケースを一緒に運んでくれました。ええ、エレベーターなんかありませんとも。19世紀ですから。

    この部屋が最高なのがわかりました。
    ベッドです。Four poster bed (フォー・ポスター・ベッド。柱が四隅に立っている豪華なベッドのこと)。本来はここ全体にカーテンを張り、プライバシーと温かさを確保したのです。

    ちなみに、four poster bed で有名なのは、チャールズ・ディケンズが書いた『クリスマス・キャロル』の主人公スクルージ。彼はこの種類のベッドで寝ています。クリスマスの3番目の精霊は、スクルージがベッドに横たわっている未来を彼に見せます。彼の洗濯女が「カーテンまでひっぺがしてきた」というセリフがありますが、それがfour poster bed のカーテンのこと最後にスクルージが第三の精霊に命乞いをしてその足元にしがみついて「改心します」と泣き叫びながら、気がつくと、ベッドの柱にしがみついていた、というのが、この柱です。スクルージはケチだけどなぜか家具は良いのを持っていたんですね。
    ・・・劇団昴で上演があったとき、大道具が凝ってしっかりしたfour poster bed を作っていました。上演後、誰か要りませんか?と問い合わせがあり、とっても欲しかったけれど、断念しました。

    この部屋の一番奥にある出入り口は、洗面所・トイレ・お風呂場へのもの。
    手前の開口部は、ウォーキング・クロゼットとドレッサーのある部屋です。私は荷物をここへ入れました。

    一晩だけなんて勿体ない!
    しかもGalway で宿をとるよりずっとずっと安価なのです。

    お部屋にはお嬢さんが、紅茶を持ってきてくれました。ポットの紅茶と、チョコレートブラウニー。それを窓辺でいただきながら、眼下の草原を馬が楽しげに駆け回っているのを眺めます。遠くには川、そして空港をたまに離陸する飛行機。音はほとんど聞こえません。なんて素晴らしい場所なのだ!

    お茶を終え、夕日が沈むのを眺めたら(アイルランドの西にある街ですから)、今回の旅のこの夕食のためだけに持ってきたキレイ目のワンピースとピンヒールを履いて、階下へ。

    夕食の準備ができるまで、食前酒(ノンアルコールももちろんあります)を楽しみながら、暖炉前で待ちます。こんな場所です。

    ガラステーブルの下には、この屋敷の模型が飾ってあります。
    暖炉の上の棚を「マントルピース」と言います。欧米翻訳物のお芝居には欠かせない場所ですね。
    暖炉の中には、タイルのパネルのようなものが置いてありますね。これも欧米翻訳物の上演では良く登場する置き道具です。ファイヤ・シールドとか、ファイヤ・スクリーンと呼ばれ、暖炉に火入れをしない季節に、つまらない灰の火床が見えないよう、おしゃれなスクリーンを置くのです。

    このお写真は典型的な19世紀の居間ですね。ピアノもあって。このまま舞台装置に使えそうです。

    同じ居間の入り口側の窓です。窓際のソファも素敵ですね。

    では、お夕食!

    上記、最初の写真でお見せした温室の中で、広いお庭を眺めながら食事です。自家製のパン、自家製のバター、自家製のジャム。キャンドルライト。いいですね〜。

    スターターには。自家製のチキンパテ。自家製のジェリー添え。ここらで採れた新鮮野菜。アイルランドの郊外はなにもかも「自家製」「近所の野菜」「近所のお肉」。添加物なしの新鮮なものばかり。

    メインはサーモンを選びました。なのに!巨大なキングサーモンのフィレが2枚、さらにスズキのフィレが2枚、そして大粒のホタテが三つ。爽やかなクリームソースでいただきます。なにこれ、美味しい。
    そして奥のお皿に山盛りの、にんじん、ポテト、ブロッコリ。
    そうそう、ヨーロッパのディナーは、こうなのよ、思い出した。

    デザートまでとても入らなかったので、他の人たちが食べているのを眺めました。

    では、おやすみなさい。

    翌朝:朝靄煙る牧草地。早起きの馬が朝ごはん中。

    アイリッシュブレックファスト、参りましょう!

    アイルランドにいて「イングリッシュ」という単語を使うのが非常に気が引けるのですが、イングリッシュカルチャーの中にいる、と言う意味で、使わせてください。

    朝食はイングリッシュ・ブレックファスト系。コーヒー、オレンジジュース、卵料理と肉料理とパンです。

    イングリッシュ・ブレックファストは、卵料理はお好み(目玉焼きかスクランブル)、ソーセージ、ベーコン、焼きトマト、焼きマッシュルーム、薄っぺらのトースト。や、焼きトマト? はい、考え方としては、朝の忙しい時に、オーブンに突っ込んでおけば一斉にできるもの、というコンセプトだと思ってください。なので、トマトも半分に切ってオーブンに入れちゃってるわけです。

    庶民的な朝食は、これほど豪勢ではなく、「ビーンズ」と言う、トマトソース煮の大豆をトーストにかけて、べちゃべちゃにして食べます。

    アイリッシュ・ブレックファストもほぼ同じでしたが、トーストではなく、自家製パンかブリオッシュという感じ。もちろんトーストをオーダーすることもできます。この屋敷では、各種紅茶、リンゴジュース、ミルク、各種シリアルとヨーロッパ大陸スタイルの「コンチネンタル・ブレックファスト」を付けるのもお好みで。

    ちなみに、スコットランドのスコティッシュ・ブレックファストは、ソーセージが、スコットランド名物の「プディング」に代わります。プディング?え、プリン? ごめんなさいねー、血で混ぜたソーセージのことでね、真っ黒い臭みのあるソーセージのことなのだ。この屋敷のブレックファストも、お皿の上のほうにある丸いスライスが、それに近い感じです

    出発前にもう少し屋敷内のお部屋を見てまわりましょう。

    上記、最初の写真は、入り口すぐの廊下。宿長が右手にあり、左手は、この宿特製のジャムなどを販売しています。階段はこの奥にあり、そこから部屋へ登ります。

    2枚目と3枚目の縦長の写真は、この宿のグレードを証明する賞の数々。2019年にアイリッシュ・ブレックファスト賞と三つ星ホテルを獲得しています。

    4枚目の大きな写真は、スモーキングルームまたは居間ですね。居間がいっぱいのときや、グループで訪れたときなどはこちらの部屋でちょっとしたミーティングが開けるようになっています。アイリッシュフィドルと歌の演奏なども楽しめそうですね!

    のんびりして10時に荷造り、10時半チェックアウト。女主人と話したり写真を撮ったりして1050に出発しました。素晴らしい滞在をありがとうございます。本当に良い場所でした。本当に大当たり!おすすめです。宿のご主人とパチリ。

  • 乗馬 Day 52: いろいろ少しずつ進歩

    乗馬 Day 52: いろいろ少しずつ進歩

    2023年5月9日 晴れ。パートナーは歯の治療が終わって絶好調のダンツキャストくん。私の乗馬前に放牧されていましたが、私がやってくると近づいてきてくれた。嬉しい! しかしこのポカポカ陽気で、お目目はとろ〜ん、やる気なし。まあいいや、のんびりいきましょう。今日は正反動を練習したい。

    そういえば、スタートとストップは常歩の場合は指示を伝えられるようになっている。指示を伝えられなかったときと一体、何が違うのか、わからぬ。

    常歩

    常歩をしながら、坐骨の左右を前後させることで方向転換するのを密かに練習する。カーブの時に指示通りのタイミングで指示通りの角度で回ってくれるかどうかで、いろいろ試しているのだ。前回は、くーっと時間をかけて坐骨を動かしたが、今回は、それが効かなかったので、馬の歩調に合わせてリズムを刻む感じで坐骨を動かすと、うまく回ってくれた。

    軽速歩

    軽速歩では、上達したんじゃないかと思える点がいくつか。

    まず、体が上がる時の踵の感じ。
    これまでは、最初の頃は経つだけで落ちそうで怖かったのが、次は、真下にグンと踏ん張って立つようになり(でも頭の中では、足を踏ん張ることで鞍が馬の背中に食い込むわけで、良くないんじゃないかとは察していつつ)、相模原乗馬クラブでは常に落馬しないように踵を下げておく練習をしたのですが、その結果、自分の足を前に向かって踏ん張ることが多くなり、鎧がどんどん土踏まずに下がってきてしまったり。

    アンに来て、座った時にお腹を抱え込む(サンヨーですでにこれは耳では聞いていた。ちっともできなかったのだが)のがなんとなくわかるようになってきました。

    そしてこの日は、座った時に馬のお腹を抱え込む際、鞍に私のお尻がピタッと吸い付くような感じで、振動をほとんど馬に与えない感覚が何回か掴めるようになったのです!

    体が上がるときも「立つ」より「上がる」感じになってきました。

    馬のコントロール自体はまだまだで、先生が来ると「わ、先生きた〜さぼってませんよ、速歩でっせ」とポクポク動き出しますが、先生が遠くにいると「今日は暑いっすね〜」みたいな感じで常歩になります。「がんばれ〜ダンツ〜頼むよ〜」と私。馬が勝手に動いてくれる間にバランスや脚を練習できますが、馬を動かすのはまだまだなのです。

    正反動

    正反動は、調馬索なしで馬場を大きく使い、練習しました。

    気持ち的には最初から鞍ホルダーなしで行けそうだったのですが、先生からはホルダーを持って始めるように指示を受けます。なぜなら、ホルダーを持たないとどうしても前傾してしまうので。

    正反動のやり方を教える海外の動画を見ても、かなり後傾。なるほどなあ、とイメージはあるのですが、なかなかできない。

    それでも、ホルダーを持っていればすんなり後傾できるようにはなりました。前回は、ホルダーを手離すこと自体が冒険のような気持ちでしたが、今回は、その恐怖心は無し。手綱の時にどれだけ後傾していられるかを掴むためにホルダーと手綱を交互に練習しました。

    あるとき、すごく軽やかに乗れるようになった時があって、なぜだろう、と思ったら、あ、骨盤の前後運動だ、と気づきました。先生は「馬の歩調に合わせたリズムで鞍をお尻で押す」とおっしゃっています。なるほど、骨盤を前後させるリズム運動ですね。その動きだけ取り上げると、ちょっとエッチな感じの動きです。乗馬にもダンスにも、そして生殖にも必要なこの動きは、実は恥ずかしくもなんともない、とても大切な動きなのでしょうな。

    あとで海外動画で学習すると、実際はただの前後運動ではなく、馬の後肢の左右に合わせて、前左、前右、前左、前右、と動かしていくことが必要になるそうです。なるほど。この動画の先生が
    「馬に、静止して乗るのは不可能。乗り手は馬と一緒に歩いたり走ったりしなくてはならないのです」
    と言っていました。本当にそうですね。というわけで、「きちんと姿勢正しく乗る」のはもちろんですが「一緒に歩く(走る)坐骨と骨盤」を持つことが非常に大事だとわかりました。おかげで正反動、「あれ、かなり跳ねずにいい感じで乗れたんじゃありませんか?」と感じられました。嬉しい。

    駈歩

    最後は調馬索をつけて駈歩の練習。駈歩をスタートさせるために、

    停止→常歩→停止→後退り4歩(なぜか確実に4歩です)→手綱を短くして、それから両脚でトンっ。

    です。ダンツくんの場合は、「今度はカンターの練習ね」と思うとあとは自ら動いてくれるので、練習の始めどきしかこれを練習できません。

    一方、わかりやすいのは、ダンツくんとの練習では、彼は4分の3周で辞めてしまう癖があるので、きちんと1周させられれば「なかなかよくできた」ことになる点です。

    常歩 Walk から駈歩 Canter。速歩 Trot から駈歩 Canter も練習しました。

    が、ダンツくんが先読みしているので、手綱を絞った途端に「ひゃっほー」と走り始めるので、あまりコントロールが効いているとは言えないと思います。

    そして、鞍ホルダーから手を離して、手綱だけの練習です。先生が「最初から手綱だけでいきましょう」とおっしゃる。前々回のような恐怖心は無く、「うむ、やってみよう」という気持ちで臨みました。しがみつくことはなかったのですが、まだまだ必死感はあり、手綱を持つ手が胃のあたりまで上がってしまいます。次からはこの解放ですね。

    クールダウンでゆっくり一周。走り出しそうになるのを宥めながら。

    ダンツくん、私にも慣れてきて、レッスン後に洗蹄場へ戻る際も私が話しかける言葉に「え、そーなん?へー」みたいな感じです。これまでと明らかに違うと申しますか、なんだかダンツくんがこちらの話に耳を傾けているという感じがするのです。不思議。全身を拭き上げる時も、最初の頃の「君はどこで何をやるつもり?」と常に私の行方をなんとなく気にしている感じも無くなり、頭を素直に触らせてくれます。今日は顔を近づけておでこゴッツンコまでできました。かわいい!

    次回も、より乗れるように体力つけよう。今日はそれこそ「馬と一緒に走る・歩く」を続けたために、かなり疲れて、途中でギブアップしそうになりました。終わってみたら汗びっしょり! 次からは着替えとタオルが必要です。ちなみにシャワー室も完備。素晴らしいクラブです。ロッカーもいただいているから、名前シールを貼っておこうっと。

  • 乗馬 Day 51:跳ね上げられた

    乗馬 Day 51:跳ね上げられた

    2023年4月25日 晴れ。まだ4月なのに、かなり暑くなりました。
    今日のパートナーは、フライトエンジェル。アン乗馬クラブの最初のレッスンで乗せてもらった馬です。その時は、なんかちょっとおっかない馬だな、と思ったのを憶えています。
    ダンツキャスト君は歯の治療をしたところなので、ハミを使う乗馬はお休みです。

    ダンツキャスト君のおかげでだいぶ乗馬に馴染んできたせいか、今日のフライトエンジェルちゃんは、初回よりは、ちゃんと乗れたと思います。

    写真は、動きが早くてさすがのiPhone13 ProMax でもブレるエンジェルちゃん。

    が、隣の緑化センターが途中から電動草刈りを始め、その音に怯えてしまうエンジェルちゃん。両耳をペタっと後ろに寝かせてしまう。これは怒っているか恐怖か、とにかく乗馬モードではないなと感じ、安澤先生に、「エンジェルちゃん、耳が完全に寝ていいます!ちょっと危ないのではないかしら」と尋ねると「大丈夫大丈夫、癖だから。な」とポンポン。む〜〜〜〜。それでも緊張が伝わってくるのがわかる気がする。それともエンジェルちゃんの耳が寝ることで私が緊張し、それがエンジェルに逆に伝わるのか?

    いずれにせよ、常歩、軽速歩、馬場の半分を使って回ります。エンジェルちゃん、本当に怖がりで、先生のそばに行こうと、円はどんどん小さくなるし、最後は中央にいる先生のところに行って止まります。はい、相変わらず私はコントロールできていません。とほほ。

    それにしてもエンジェルちゃんに乗ってみると、ダンツくんののんびりさがよくわかります。エンジェルちゃんは常歩もペースが早くて、これは速歩になっちゃうんじゃないかな、とさえ思いました。速歩も上下がかなりあります。なるほどね〜。いろんな馬に乗るのも面白いものだな。怖いけど。

    軽速歩、正反動までそのままおこない、たっぷり練習。手綱だけの正反動がだいぶつかめてきたような気がします。

    次は調馬索をつけて駈歩の練習。停めて。バックして。スタート。これは何回かできました。駈歩にスムーズに入ってくれるのは良いのですが、わりとすぐに止まります。でも鞍ホルダーから両手を離して、手綱だけで乗るのも少しずつ練習。

    しかしだんだんエンジェルの機嫌が悪くなってくるのが伝わってくる。それは私が乗っているからというよりも、電動草刈機の車がどんどん馬場に近づいてくるからのようです。そしてついに、一回跳ね上がりました。わお。その時は、鞍ホルダーに掴まっての駈歩練習中だったので、ロデオのようになったかもしれないけれど、全く不安や恐怖は私にはなく、ちょっとつまづいたかな、くらいにしか感じませんでしたが、安澤先生の方が心配になったらしく、かなりエンジェルちゃんをなだめ、私のことも気遣い、さすがに「うん、電動草刈機がどんどん近づいてくるし、今日はこの辺にしますか」と。どんな感じに跳ねたのか、外から見てみたかったな。馬をつれて戻る時、ほかの会員のかたに「今日は跳ねてね、ちょっと大変そうだから」とおっしゃっていた。エンジェルちゃんは、洗蹄場へも連れて行かず、馬房の中で鞍の上げ下ろしをします。メスだから、他の馬を興奮させないためなのかしら、それともエンジェル自身がやっぱり神経質な馬なのかな。

    というわけで、今日は、

    ・違う馬に乗って、常歩や速歩の違った感じを体験した

    ・正反動がだいぶできるようになった

    ・駈歩はまだまだ練習中

    ・馬の信頼はまだまだ得られていない

    などを学びました。

    次の課題? もう何もかも課題。常歩で、骨盤指示だけで方向を出す練習をしたいし、軽速歩の座る抱え込みを練習したいし、手綱だけの正反動。ここまでもう少し「よしよし」と自分で思えるようになりたい。駈歩はその次でも良いかな〜。

    写真は、やっぱり、どんなにがんばってもぶれてしまうエンジェル

  • アイルランド50代女一人旅 7: レディ・グレゴリーの土地を回る

    2022年10月7日、アイルランド国の西側、ゴールウェイ州。12月に上演する100年前のお芝居の作者レディ・グレゴリーの生きた土地をレンタカーで巡ります。
    限られた時間でお芝居関連の土地を効率よく回るため、台本と地図とレディ・グレゴリー情報と睨めっこしながら、回る順序を練りに練って予定を立てました。

    地図でお見せしますね。まずはアイルランドの位置。
    イギリスの左となりですね。さらに左は大西洋で、その先はアメリカです。
    そして私の今回の旅は、2022年12月に上演するお芝居の作者レディ・グレゴリーの関連土地を巡ります。それは、アイルランドの西側、ゴールウェイ郡とクレア郡にまたがっています。(郡ではなく、県とか州と考える場合もある。よくわからぬ。英語では County Clare, County Galway)

    そして本日の旅程
    Galway → Ardrahan → Rathbaum Farm → Skehanagh → Isser Kelly → Rosborough House → Portumna Castle → Portumna Workhouse → Limrick → Shannon

    昨夜は嵐で、モヘーの断崖から荒れた海を見て、この海をイニシュモアへ船で渡るのかと思うとゾッとして、渡らないのはともかくとして、渡ってから帰れなくなったらどうしよう、と考えて眠れなかった。経験者のブログを読むと、昨日のモヘーの港からの船は出ないことも多いが、ラッサヴェールの港からは大きな船だから滅多なことでは取りやめにならない、とのこと。だから、フェリーがたくさん出るのは九月までなのだな。旅会社の載せている写真は年に数日しか無い一瞬なのでは無いか。昨日、モヘーのドライバーも、ここは強風と湿気で何も見えないことも多いけど、今日は良い方だったと言っていた。そんなことを取り止めもなく、窓を叩く嵐を聴きながらうとうとするのみの夜であった。

    なんとも寝付けないまま朝になり、7時に床を置き出して、荷造り。8時半にチェックアウト。9時から借りるバジェットレンタルに行ってみたら当然ながらまだ閉まっている。寒いし、25分もあるので、またホテルのロビーに戻り、待つ。

    お腹が空いてる。日本で朝にお腹が空くことはないのだが。普段より2倍長い飛行機乗り継ぎで、動かないままの食べ過ぎで胃が大きくなっちゃったんだと思う。もうチップスはやめておこう(笑)。

    車を借りる時、予約はしてあったが支払いはここで。いろいろ保険は付けて、2日間で3万円くらい。マニュアルの普通車でこれは、かなり高い。係員は日本が好きらしく、桜並木を観たいと言っていた。ところでこの事務所はエア広場の並びにある。バス停から進んで来る信号の角。この狭いところのどこにクルマがあるのかと思ったら、ツアーバスなどが並ぶ例のMerchants Rd  をずっと行った先の左手に大きな駐車場エリアがあり、そこに置いてあるとのこと。駐車場に入るための磁気カードを受け取り、その磁気カードで退出する。なるほど。セキュリティと出庫時の無料手続き違う一体化しているわけですな。フォルクスワーゲン。マニュアルの使い方、日本で練習してから来たかったけど、教習所練習だと15,000円以上かかるので、それならオートマ借りるほうがマシ、なのだ。なので、ま、思い出すだろう、とタカを括っていたのだが、どうにもガリガリゴツゴツ言って発進できない。そばで車を洗っていたレンタカー屋のおっさん二人が心配してあれこれ言ってくれるが冷や汗ばかり出てうまくいかない。本当に大丈夫か?ここで何周か練習してから外へ出ろ、と。車のギヤを焼き切ってしまうぞ、とめちゃくちゃ心配して、この人に車を貸して大丈夫なのか?とオフィスなら電話までしていた。とほほ。が、そこは最初のポイントひとつ押さえればあとは器用な三輪えり花、コツを掴み、発進、ギヤ変え、後退、車庫入れを練習し、いざ公道へ!

    アルドラハン Ardrahan

    もちろん注意深く、ゆっくり進む。先ずは市内を出るまでがチャレンジ。が、一方通行の一本道で、驚くほどすんなり市外へ。

    当初の計画では、

    Galway →Ardrahan → Skehanagh. 30分 10時着

    だったのだが、車練習に時間を使ったので、なんとか10時半にアルドラハン着。(地図1)
    今日は天気が良い。キラキラしている。観光写真にできそう。もしも雨だったら運転も大変だしストレスも気分も大変だし、本当に恵まれている! 最初に使う道は昨日ツアーで通ったワイルドアトランティックウェイ。

    あ、アルドラハンに入りました、と思ったらもう通り過ぎている。つまり、アルドラハンを左手に見て、村の入口をこの道が通過しているのだ。先へ進むか写真を撮りに戻るか、畑の脇に車を停めて少し考えた。が、この天気が持つかどうかわからないし、『出られないふたり』に出てくる地名だし、写真は撮っておこう!とUターンする。アルドラハンの中心は三叉路で、そこに古い時代の小さな塔がある。マイク・マクナニーも見たことがあるだろう。あるのはそれだけ。その先を進んでもただ畑または牧草地があるのみ。当初は458号線を進んでスクハナに向かうつもりだったが、アリドラハンの中を通過したため、ルートが変わり、ちょっとした観光ポイントであるRathbaum Farm を眺めることにする。

    ラートバウム農場 Rathbaum Farm

    (地図2)
    ウェブの写真で見ていた記憶では、白い丸い小屋のような建物で、納屋か何かだろうと思っていた。が、実際に行くと、綺麗な鼻がたくさん咲いていて、実に綺麗なら飾られている。博物館になっているのかと思ったら、人が住んでいる! ここでは動画を撮った。ナレーションを喋る私の声を聴いて、めちゃくちゃ人懐こいボーダーコリーが飛び出してきた。そして、早く中へ入れたら促してくれるのだが、ごめんね、と先を急ぐ。

    スケハナ Skehanagh

    そしてスクハナへ。(地図3)
    『出られないふたり』では、スケハナと訳した。これはアイリッシュを喋る人に確認した発音なので、英語だとスクハナ、アイリッシュだとスケハナなのだろう。日本語検索ではスクハナをお使いになると良い。尤も、何も情報は出てこないけれども。町の片鱗さえない、牧草地と畑のみのエリア。僅かに四軒ほどの農家が、日本の農道のような小道に沿って建っている。石造りの農家。車を停めて写真や動画を撮っていると、新しめの家の女性が家から出てきた。怪しまれる前にこちらから声をかける。

    こんにちは、この辺りがスケハナですね? 私、日本から来た舞台演出家です。この辺り出身のレディ・グレゴリーという劇作家をご存知ですか?(知らない) その人のお芝居のキャラクターが、ココ出身なんですよ。それで日本の俳優たちにどんなところが見せようと思って。

    と、少し話をして、写真を撮ってもいいかしら、と尋ねると快くOKしてくれました。「私は最近越してきたのでこの辺りの古いことは知らないんだけど」と言いながら。

    小さな道を通過するだけのスケハナ。『出られないふたり』のキャラクターたちが言う「むかしは豊かな土地だった・・・」は、彼らがこの豊かな土地で暮らし、そのうちジャガイモ飢饉になってそこを追い出されたことを意味する。そして彼らは Gort の救貧院に入ったのだ。Gort は明日、訪問する。10月の柔らかい日差しは、秋の風をはらんで少しピリッとしている。これから収穫の季節。

    エッサケリー Isserkelly

    Skehanagh →  Isserkelly  8分

    スケハナの1本道を先へ進むと、その先は Isserkelly だ。(地図4)
    『出られないふたり』では、「エッサケリーの祭りの日に」というセリフが出てくる。いかつい犬、雌鶏、豚、大きな木…それらが生きたものとして浮かび上がってくるような風景。

    ロスボロー邸 Rosborough House

    Isserkely → Rosborough House(グレゴリーの生誕地。廃墟)3分

    次は、レディ・グレゴリーの生誕地と呼ばれているRoborough House へ向かう。(地図5)。(Roxboroguh と記述
    屋敷の巨大な門はそのまま。敷地内には小川が音を立てて愉快に流れ、アーチ状の石造りの橋がかかり、どんどん進むが、行った先には小さな看板。「ここから先、私有地。立ち入り禁止」そこにはこじんまりとしたいくつかの一軒家がほのぼのとした感じで建っている。どうやら敷地内は切り売りして宅地になっているようだ。私が小川の写真を撮ろうとしているそばにも建築中の二階建てのモダンな家屋があった。その二階部分を工事している男性がこっちを見ている。このような時は、話しかけられる前に話しかけるべし。(さっきのスケハナでのように)。レディ・グレゴリーについて調べに日本からきました。写真を撮ってもいいですか? 「まず俺を撮ってくれるならいいよ」(笑)

    ポーツムナ Portumna お城でランチ

    Rosborough House → Portumna Castle  40分 12時着 ランチ&お城見物

    そこからPortumna へ。(地図6)
    湖のほとりの、お城もある中規模の町だ。湖とは言っても、実は、アイルランドの心の故郷とも言えるシャノン川(アイルランド最長)が非常に幅広くなって湖状になっているもの。さらに南下するとリムリックという港町に通じます。

    この豊かな湖の北の端にあるポーツムナ。まずはお城を訪ねてカフェでランチを目論みます。

    大きな木の森を「これ、方向あってる?」とやや不安になりながら進むと、ありました。お城とカフェ。本日のメインイベントである救貧院のツアーを予約しているので、お城に入る時間はありません。お城は外から見るだけ。カフェは入り口外にあるので誰でもお庭を眺めながら軽食がとれます。昨今のSDGsにのっとり、スプーンやフォークは薄い木製。本日のランチプレートが2種類あり、ほかはサンドイッチやスープなど。ランチにすると、ソフトドリンク(ボトル)とポテトチップス2袋がついてくる。ランチそのものにもポテトが添えてあるので、ポテトにポテチ。かなりの衝撃。ありえへんでしょ。もっとも、車内での万一の軽食にはぴったりなので、開封せずに持ち帰ります。

    ポーツムナ救貧院

    そして救貧院へ。(地図7)
    救貧院自体に関しては、ものすごくたくさん書き留めておきたいことがあるので、独立した別のブログにまとめてあります。(そのブログは、12月に上演する芝居の母体である国際演劇協会日本センター英語圏部会のサイトにあります。いま、そのサイトを再構築中なので、もう少しお待ちください。)

    なので、このブログでは今日の行程を先へたどります。

    救貧院の見学は14時から15時までですが、私を含めた3名の参加者たちの知りたいことが多すぎて、学芸員も喜んで話をしてくれましたし、そこにはアイルランドのジャガイモ飢饉の黒歴史を彫刻にして残そうとしているアーティストもいて話が持ち上がり、そこを出たのがもう16時ごろだったようです。

    リムリックへの道

    そこからリムリックへは車で1時間。

    その道がまたこの上なく素晴らしかった。(地図8)
    運転中だったし、予定時刻を圧していたので、急いでいたし、道は狭かったから対向車が来ても面倒だし、と停車して写真を撮ることをしなかったのですが、今になってめちゃくちゃ悔やまれる。

    文章で表現できるかしら。

    道は対向車が来たらギリギリすれ違えるか否かの幅。イングランドを運転したことがある人なら、コツウォルズ界隈の B ロードの感じ、と言えばわかるだろうか。(あれ、むしろわかりにくい? イングランドは、 M (高速道路)、A(幹線道路)、B(一般道)となっていて、田舎をてけてけ走る道はだいたいが B ロードでここを走るのが楽しいのだ。)その道の両側に背の高い木が生えている。森や林の中の道ではなく、並木道だ。が、この並木、別に誰が世話をするわけでもないと見える。フランスの並木道のように整然とすっきりとしていない。木の根元付近はベリーや野生のバラなどの灌木類が密集しており、それがさらに木に絡みついている。木の幹は太いのでしっかり上に向かって立っているのだが、枝は生命力にあふれる美しい緑を輝かせながら道路に向かって拝むように伸びている。根本に絡む灌木と道路に降りかかるような枝のおかげで、1本の木の形は C の字に見えるのだ。それが両脇にある、その真ん中を運転していると、まるで完全円形のトンネルの中を進んでいるような感じだ。なんてこった。こんなのはインスタグラムや世界の写真家の「美しい風景」のようなものでしかあり得ないと思っていた。現実、ここにこうしてあるなんて、信じられない気持ち。しかも、たまに、両脇の木の根元がぐっと道に張り出して、木の枝がが少し外へ向かって離れていると、これはもう、おわかりですか? ハート型です!! ハート型のトンネルを通っているのです。豊かなふかふかの緑のハート型のトンネルで、その先の空間は夕まぐれの柔らかい青空。奇跡ですか、神秘ですか、舞台装置ですか、です。完璧だ。私のアイルランド旅は完璧です!今思い出しても夢のようです。絶対に戻って写真を撮りたい。証拠をみんなにお見せしたい。

    リムリック Limrick

    この素晴らしい経験に胸がいっぱいになりながらリムリックに到着した時にはもう17時でした。(地図9)
    季節はまだ10月初めとはいえ、ここは北海道よりも緯度の高いアイルランド。どんどん日が短くなります。この時点では美しい夕まぐれでして、もっとリムリックでゆっくりしたい気持ち。ここは、シェイクスピアの『ジョン王』(シェイクスピアの作品の中でも最も上演されない戯曲のひとつ笑。でもオーディションによく使われるスピーチは多い)のお城があります。ジョン王は政治能力に乏しいくせに野心ばかりあり、貴族の怒りをかって、ついにマグナ・カルタという、イングランド初の「憲法」を認めることになった王様です。ちなみにマグナ・カルタが締結されたのは、野原。ラニーミードという野原で、ウィンザーの近くにあります。ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ校に通っていた私の活動エリアで、あるとき立て看板にマグナカルタはここで成立したと書かれているのを発見した時はひっくり返るほど驚きました。そのようなものはお城の中で締結されるものだとばかり思っていたのです。それが、この、何もない、だだっぴろい、ただの、(くどい)野原・・・。なるほど、ここに貴族たちが煌びやかな野営のテントを張り、馬たちがいて、騎士たちがいて、お城から王を引き出してきて、対等な立場として締結させたのだ。脳内映像がワクワクと動き出したのを思い出します。で、リムリックは、そのジョン王が野心剥き出しでアイルランド伯になり、そのままイングランド王宣言をしてしまった。それによって、アイルランドが、それまではゆる〜くつながっていたのに、途端にイングランド領になってしまったのです。イングランドはこの時からアイルランドを強烈に搾取し始めました。え〜と、語弊があるかもしれませんが、日本が、よその土地、ことに海を隔てた土地を「わがもの」と宣言すると、そのよその土地に対してけっこうえげつなく搾取しましたよね。それと同じことがイングランドとアイルランドのあいだで起きたわけです。スペインと中南米の関係もそうでしたよね。ということは、日本が特別に野蛮だ残酷だというわけではなく、海を隔てた地域を征服すると、征服者たちはかなり残酷に搾取を始めるという構図は残念ながら人類特有の気質なのかもしれません。

    そんなことを考えながら夕日に輝くジョン王のお城が背後に遠ざかっていくのを車のバックミラーで見ながら、今夜の宿へ向かいます。

    シャノン Shannon

    リムリックを出てすぐのところに Bunray Falk Park という伝統文化村があります。伝統的なアイルランドの家屋やくらしが、体験型でわかるというもので、演出家としては大変気になりましたが、今回は、農民の暮らし自体を扱うわけではないし、すでに12月上演の舞台となる救貧院のくらしはじゅうぶんに学んだので、残念ですがまた次の機会に。そして夕陽を追いかけるようにシャノンという街へ向かいます。シャノンはヨーロッパ便の国際空港もある、シャノン川の河口の町。(地図10)
    今夜はそこのカントリーハウスに宿泊です。この話も長くなりそうなので、また別ブログにて!