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  • アイルランド50代女一人旅 6:世界遺産モヘーの断崖

    アイルランド50代女一人旅 6:世界遺産モヘーの断崖

    2022年10月6日 アイルランドの西の街ゴールウェイ Galway は、雨 ははは。

    ダウンの二枚重ねと雨ガッパと傘決定。

    今日は、ワイルド・アトランティック・ウェイ 訳して「豪快でワイルドな大西洋岸の絶景ロードを行くぜ」です。

    ツアーバスに乗るまでのヤキモキ

    GoPro の自動アップロードが終わるのをヤキモキしながら待って0850にホテルを出て0930出発のツアーに乗るために Manchester通りへ向かう。

    バスは既に来ているようだったので、案内係に予約番号を見せると
    「キンレイホステルでチェックインしてくれ」
    とのこと。
    が、キンレイに行くと
    「別の会社だから。外の横にあるから」。
    が、「外の横」には何もなく。
    再び、外でウロウロしているバス関係者に尋ねると
    「バスの中にボスがいるからそこでチェックして」
    と。
    苗字を言っても通じない。いや、あなた、聞く耳なくね? 

    「何時のバス?」
    「9時半。」
    「じゃあ次だからそこで待ってて。」

    そこで待ってると、なるほど、その9時のバスは出発し、次のが来る。

    しかし、いくらそのバスの係員に苗字を言っても通じない。なぜに?
    そして、私のファーストネームを訊かれる。
    ・・・なるほど、彼らにとっての名前はファーストネームなのである!
    苗字じゃなかった・・・。

    こうしてやっと、すぐ後ろの小さめのバスに案内され、幸い先頭の席に座れる。この時点で、0919。
    ほらね、早くにやってきてよかった。

    ツアー開始 オランモア城

    このバスは、Wild Atlantic Way と名付けられた、アイルランド島の大西洋岸の崖っぷちの道を走るのである。
    このツアーを選んだのは、2022年12月に上演する舞台『出られないふたり』と『月が昇れば』に登場する町を通過してくれるから。

    ドライバーは、まず、Oranmore 城が見られるようにルートを辿ってくれた。本来なら、最初の目的地 Dunguaire 城までまっすぐ行くのだが、天気が回復しそうなので、近くを通ろう!と言って方向転換してくれた模様。

    なるほど、飾りのない、要塞のような、四角い城だ。きっとこれがアイルランド風というのだろう。イギリスでは、スコットランドの西ハイランドにある古城に少し似ている。これほどに飾りがないのは見たことがない。このあと、このタイプのものが度々視野にはいり、これが中世アイルランドの城なのだと認識する。


    緑と石垣のアイルランド大西洋岸

    Clarinbridge (クラリン橋)という地域は、牡蠣で有名とか。牡蠣好きとしてワクワクする!

    Kilcolgan(キルコルガン)を通過しながら、いろいろアイルランド語も紹介してくれるドライバー。たとえば、教会は Colgan と言うんだって。

    Ballinderreen (バリンデリーン)この村は、氷河期のち紀元前2000年頃から存在するとか。名前は、樫と岩というアイルランド語。地図をよく見ると、セント・コールマン教会もある。『出られないふたり』には、「今日はコールマン様の祭りの日だってのによ」というセリフがあったっけ。

    まさに芝居『出られないふたり』のキャラクターたちが豊かだった頃に住んでいた様子とそっくりの二軒屋

    胸の高さほどの石垣が連なる様子は、イギリスのコツウォルズから湖水地方にかけてと似ている。

    あれは元々シェイクスピアのいた16世紀、羊毛生産のための「囲い込み」で各農家が石を積んで塀を作ったことでできた。その時代にアイルランドもイングランドの支配下に強く置かれたから、その影響もあるのではないか。

    イギリスと同様、その家の持ち主が手で積むので、それぞれに特徴がある。石の隙間に鳥が巣を作り、石の隙間に野薔薇や野苺や黒スグリ(ブラックベリー)やブルーベリー、ラズベリーが生えて、石垣はどんどんしっかりしてくる。しまいには石垣であることがわからないくらいになってしまう。素敵だよね。

    牛がいる。馬がいる。

    昔イギリスに住んでいた頃は、アイルランド人で馬に乗れない人はいない、と聞いたことがある。が、いまはどうだろうね。時間があれば馬にも乗りたいところだ。

    小さな岬にポツンとダンガイア城

    走行するうちに、最初の目的地、Dunguaire Castle (ダンガイア城)到着。

    下車20min. 曇 やや風。バス案内には、無料と書いてあったが、それは城の中庭までで、城内は8€かかります。

    GoProを石垣に置いてセルフィー

    波打ち際の高台に建つ四角い城。

    波打ち際と言っても、砂地ではない。磯とも違う。

    浅瀬で、一面ゴロゴロした岩場で、それらの岩に海藻がびっしりと生えている。なかなか見たことのない景色である。

    この海藻は食べられるのだろうか? 食べられるのだとしたら、取り放題なので、誰かが拾っているはずだが、その姿はない。ウェールズでは海藻を食べる。海のケルト文化なら海藻食もあるだろうに。市場などへ行ってみないとわからないな・・・。


    氷河時代の岩の土地 バレン

    ここが終わると、左手に、白い丘が見えてくる。
    白というより、灰色だ。岩ばかりの丘。クレア県に入りました。


    『出られないふたり』では「クレア・ゴールウェイじゃよ〜」というセリフが何回か出てくる。かつては、クレアとゴールウェイは、ひとつの県または地方だったのかもしれない。

    が、ゴールウェイは緑がいっぱいの緩やかな土地なのに、クレア県は、岩ゴロゴロだ。緑がその合間に点在していると言ってもいいくらい、岩だらけ。


    これは農業は大変だ! 
    ぜひ、一度、Google Map の衛生写真を重ね合わせて見てみてください。

    このあたりは、Burren (バレン)と呼ばれる。アイルランド語のBoireann 「岩だらけの土地」という意味。


    丸く置き去りになったような巨大な岩は、氷河が運んできたもの。

    17世紀か18世紀のポルトガル大地震で津波がきて、それでできた湖を通る。なるほど。

    バレンの丘の石垣は瀕死の大行進の軌跡

    岩しかないバレンの丘にも、ずっと細く石垣が上へ上へと伸びている。

    私は、こんな岩だらけの土地でも羊の囲い込み用の石壁を作るんだなあ、とぼんやり外を眺めていた。

    すると、ドライバーが、とんでもないことを教えてくれた。

    山を這うように細く筋が入っているのが、飢えの石垣

    「左手の延々と連なる岩だらけの山(日本人的には「丘」だが、彼らには「山」であるようだ)に、石塀がずっと高いところまで巡らされているのがわかりますか? あれは、

    飢饉壁 Famine Wall

    と言ってね、19世紀のアイルランド大飢饉のときに、食も職も失った人たちが作ったものなのです。

    ジャガイモ飢饉と酷いイギリス

    19世紀半ば、アイルランド全土で、ジャガイモが病気にかかり、育たず腐ってしまうことが何年も続いた。

    アイルランド人はジャガイモが主食だったので、食べるものが無くなってしまい、大勢が飢えて死んだ。

    弱って働けなくなり、土地代が払えなくなると、小作制だった農民たちは、農地を追われてしまった。

    イングランド政府は、救済に乗り出した。

    ただし、働かざる者食うべからずの原則で、
    「仕事を世話しよう、そして給料をやろう」
    とこのあたりに、飢えて痩せ細った男たちを呼んだ。

    彼らに与えられた仕事は、この丘に石垣を積め、というものだった。

    羊を飼うわけでもない。食べられるような草は生えないから。

    寒風吹き荒ぶ中、あるいは激しい雨粒が打ち付ける中、あるいは乾いた夏の日差しの中、痩せさらばえた男たちは、急斜面の岩場にくたくたになった足を運び、なんの意味もない石積みを黙々と続けた。丘の上の方まで。

    そして降りてきた時には、「今日は払えねえよ」と一銭ももらえずに帰されることもしばしばだったのだ。

    『出られないふたり』では、「昔は豊かな土地だった・・・」とのセリフがある。あのキャラクターたちは、このジャガイモ飢饉で救貧院に入らざるを得なくなった者たちだったのだ。

    救貧院に入る人たちと、壁を積む人たち。そして路傍で野垂れ死んで行く人たち、女たち、子供達・・・。

    そういえば、Dunguaire Castle の駐車場にも、Famine Sculptures 大飢饉彫刻 という看板が立っていた。


    イギリスとの関係が薄まるにつれ、大飢饉がどんなに悲惨だったか、やっと公に光を当てようという機運になってきたのかもしれぬ。

    『出られないふたり』のレディ・グレゴリーは、救貧院で明るく生きているふたりを描いたが、そのふたりの心の闇は計り知れない。救貧院には明日、向かう予定なのだが、まさかこのツアーで、ジャガイモ飢饉とその苦しみについて学ぶことになろうとは!

    のどかな浜辺町 バリーヴォーン

    ジャガイモ飢饉と芝居について思いを馳せるうちに、Ballyvaughn (バリーヴォーン)に到着。この地名は『月が昇れば』に出てくる。

    バリーヴォーン出身の警官(イングランド体制側)がリムリック近くの崖で愛国主義者(アイルランド独立派)に惨殺されたという噂が語られるのだ。

    なるほど長閑な海辺の田舎町。住みやすそうなところ。

    そこから海岸沿いの崖の道を通る。

    妖精専用の教会

    「アイルランドは妖精の国だ。妖精は人間と同じように生活している。教会にも行く。この辺にはほら、レプラコーンが大量に住んでいるので専用のカテドラルを建てたんだ」

    ドライバーがそう言って左手を示すと、そこには小さな小さな、屈まないと入れないような教会が。後から調べると、これは The Pinnacle Well と言って、湧き水系の泉(いわゆる spring)があり、それを聖なるものとして囲っているのだそうだ。

    灯台と貯水箱と

    次は、Black Head (黒頭)灯台を通過。タイタニック号を作った船会社が、アイルランドー北米航路で、ずっと北にあるベルファストを出航して、ゴールウェイに立ち寄る際、バリーヴォーンが、大きな船を停泊させるには良い港で、そのために灯台を建てたのだって。

    たまに見かける、四角い石造りの囲いは、雨水を貯めるための貯水箱の役割。地面は石だから、地面を固める必要はないのね。

    バレンの崖登りと断崖スポット

    そこから、崖登りができる狭いところにミニバスを停め、岩に登ったり、海に落ちる岸壁を眺めたり。

    まず、岩に登る。
    狭いところに足をかけて、ぐんぐん登る。一人旅は、このバスツアーの中でも、私だけ。人目を気にせず、ぐんぐん登る。が、行き先は果てしない感じなので、適宜諦める。

    そして、むしろ、降りる時の方が大変なのであった。
    ほぼ垂直の崖を、斜めに岩の間を伝って登る感じ。
    あとで調べたら、ロッククライミングのスポットでもあるようだ。


    そして、降りたら、今度は、さらに人目を気にせず、どんどん海の崖っぷちへ。

    江ノ島や三浦海岸には岩棚があるが、あれがものすごく広大で険しくて、そして海からの高さが数十メートルあると思ってみてください。

    垂直です。
    立ち上がると強風で極めて危険なので、岩に這いつくばって、海を覗き込むのである。

    これは、そうしている私を離れたところから撮影してもらうのが一番なのだが、一人旅なので、GoPro自撮りのみ。

    いつ雨が降るかわからないので、岸壁に寝そべって下を眺めるには最適だ、とやってみる57歳なのである。

    今日の目的地のモヘーの断崖でもできるかもしれないし、三日後のイニシュモア島でもできるかもしれない。でも天候がこれだけ定まらないなら、できる時にするべし! 

    そして、断崖のてっぺんの少し平たくなっているところに寝そべって、海を覗き込む。わ〜〜〜〜〜!

    あとからGoPro画像をチェックしたら、怖さの興奮で、自分ではすごく長い時間だと思ったけど、ほんの数秒でしかなかった・・・。(GoPro動画系は、TouTube チャンネルに掲載します)

    この The Burren は、飢饉壁に打ちのめされたけれど、植生が北極圏で、大地も北極圏を形作っているのと同じ古いライムストーンで、氷河が流れた際に表土を全部持って行ってしまい、土のない、岩だけの大地になってしまったという。

    あとから調べると、もっと上の方には、巨石文化の「巨人のテーブル」のようなものもあるそうだし、洞窟や泉もたくさんあるそうで、ここは天候の良い季節にいろいろ歩いてみたいと思わせる興味の宝庫みたいなところです。

    アラン諸島への玄関口は物凄い荒海

    次に通過したのは Doolinドゥリン。

    ここは演劇で有名だったんですって。いまは音楽の街になっているそうな。演劇で有名って、何をやっていたんだろう。いろいろ知りたいことがたくさんある。

    次にバスを降りたのは、ドゥリン港 Doolin Pier 断崖の見られる浜。すごい風と波。10月に入ったばかりなのに!
    ガイドさんによると、夏はここは港として使うのだが、秋には、すぐに波がこの一帯にある岩を全部駐車場へ打ち上げてしまって、毎年、春になるとその片付けが大変なのだとか。

    怯えているmw 遠くに見えるのがモヘーの断崖

    え、週末はこの海を渡ってイニシュモアへ行くんだけど、え、これ、船、出るの?

    こ、怖い。怖すぎる。
    荒海じゃないか!
    アイルランドまで来て死ぬかもしれない・・・。

    今まで、荒れた海を見ても、風情があるなあ、とかドラマチックだなあ、と思っただけでしたが、いざ自分がこの海に乗り入れるのかと思うと、途端に恐怖が込み上げてきました。

    水平線が波で盛り上がっているのです。

    水平線というのは眼下にあると思っていましたが、こんな海では違います。もりもりと盛り上げてはものすごい勢いで、かつ不規則にごおごおと波があわ立ててはやってきて、一つ前の波を飲み込んでいきます。

    ここは、港なんですよ。ここから船がこの波を越えて外海へ出るのはもはや不可能でしょう。ちなみに、9月いっぱいまでは、この港は、アラン諸島への港として機能しています。今日は10月6日。10月に入ったとたんにこんなに荒れるのでしょうか。恐るべし。

    パブのランチ

    ドゥリン・ホテルでランチ。


    美味しそうな魚のメニューを頼見ました。が、到着してみると、ただの fish and chips であった。

    食べ始めてから写真を撮るのをやめよう


    私は結構遅れてレストランに入ったのだが、これが一番先に来た。他のツアー客はどんなメニューを頼んだんだろう?チャウダーとか蟹サラダとかのようだ。なるほど。この fish and chipsは、このあたり特産のドゥリンビールの衣で揚げてあるんですって。再度メニューは、グリーンピースのマッシュ。そういえば、イギリスでもMashed Pea はありましたけど、あまり食べなかった。ここのは美味しかったよ。

    ここは U2のBonoも来たことがあるんだろうか?それともただのファン?
    写真が飾ってありました。

    全景


    45分の食事タイムのはずが、なぜか1時間になったので、ゆったり食事できました。

    世界遺産モヘーの断崖

    そしてついに、本日のメインイベント、モヘーの断崖。Cliffs of Moher。


    Moher というのは、ゲーリック語で「廃墟になった城砦」という意味。
    そう、どこにあるものでも、Moher.
    ここでは崖の上にポツンと立っている a moher がそのまま名称になったようです。
    散策時間は2時間。雨が降ったらおしまいだと不安が募るが、奇跡的に風のみ曇。バス停にはウクライナの旗が立っていて、ヨーロッパ大陸の北の端の島からウクライナを応援する気持ちを示しています。

    バス停から断崖までどうなっているかというと、ちょうどこの辺りは、海に面した崖が内陸側へ向かって下りのスロープを作っており、さらにそのスロープは、内陸側でまたちょっとした崖を形成しています。そのため、海と内陸部分の間に、自然の巨大な城壁があるような形状になっているのです。まさに天然の要塞です。高い崖が海との境にあるので、ここは風も強く無い。そして、崖の中がくり抜かれて、そこに切符売り場や、博物館や土産物屋がはいっているの。なんて合理的!!

    そして、崖の上にでて、たった一人でテクテクと海沿いをあるきます。


    ものすごい風です。

    遊歩道と崖の間には柵があります。

    柵も、崖の石を削って積み上げられた感じです。柵の向こうにも古い遊歩道が見えるので、おそらく世界遺産に指定される前はこの柵もなかったことでしょう。そしてかなりたくさんの無謀な若者が、風に吹き飛ばされて崖下へ落ちたことでしょう。いえ、むしろ最近の方が、インスタ映えするセルフィーやYouTubeを撮るために、この壁を越えてわざわざ危険な先端で撮影をして落ちて亡くなるかたは年々増えているとも聞きました。けれど、この塀の内側にいれば安全ですし、一方で十分危険を味わえますし、そして大変に美しい写真も撮れます。くれぐれも塀を乗り越えないようにね。

    一枚ずつすごく綺麗に撮れているので、ぜひクリックして大きくしてENJOY!



    と言いつつ、塀が途切れているところもあり、と、私も知らぬ間に塀の外を歩いている自分に気がつきました。がくぶる!!

    一体どこで塀から離れたのでしょう。
    そのまま風に煽られないかとビクビクしながら、また塀のなかに戻るポイントを探します。が見当たりません。遊歩道との堺を作っている石垣はもう切れ目がないのです。

    仕方がないので、塀をよっこらしょと跨いで乗り越えて、遊歩道に戻ります。まるでルール違反をした人のように。ルール違反したんじゃ無いのよ〜。知らないうちに出ちゃっていたのよ〜。

    この遊歩道の最終目的地は、Hag’s Head です。でもかなり遠くにあるのと、戻る体力を考えて、半分くらいのところで引き返したのでは無いでしょうか。あそこまできっちり歩くぞ、と思うなら、それなりの装備をして、自分のペースで歩けるように、そして一人きりではなくチームを組み、準備すべきかと思います。

    こうして、11200歩以上歩きました。

    あとから博物館へ入ると、生態系の解説や崖の成り立ちなど興味深い説明がたくさんあります。
    ほお、パフィンがいるんですね。
    Puffin というのは、スコットランドのずっと北の離島に住んでいることで有名な、鸚鵡のような嘴のカラフルなかもめです。今日は飛んでいたのかもしれませんが、私には、割と一般的なカモメ二種類しか見つけられませんでした。

    土手の中の土産物店は暖かく、充実していて、クレア県の手作り石鹸をお土産に買いました。

    緑なす谷間のアイルランド

    帰り道は内陸を通ります。

    Lisdoonvarna リスドゥンヴァーナ 
    これは温泉で有名な街だそうです。え、温泉!行ってみたい。ミシュランの星付きレストランもあるそうな。むむむ、やはりアイルランド、一年くらい住んでいろいろ車で回りたい!

    それから、お見合いタウン The Match Maker というところも通りました。まじか

    Corkskrew Hill 
    ここでは、アイルランドの谷間を見渡しました。アイルランド、緑なす谷間・・・。どこで聞いたフレーズだったか、アイルランドは緑の谷間の国なのだという想像をずっとしていました。まさにその通りの感じの場所です。良かった。


    バレンの景色をもう少し


    消える湖ターロク

    『出られないふたり』には、ターロクという地名が出てきます。地図を探すと、その名称はこの近辺でたくさん見つかります。へえ、と思いながら、ただの地名として翻訳者が訳すに任せていました。

    と、ドライバーが、右手に見える湖を示してこう言いました。
    「あれはターロク。消える湖」

    な、なに〜?

    「秋冬は、水が溜まり、湖になる。でも春から夏にかけて水が引いて、湖は消えるんだ。よく絵にも描かれているけれど、絵にある湖を探しに夏に来ても、どこにも見当たらないんだよ」

    そうだったのか!!!
    いや〜、今日は学びと発見の1日であった。

    わかります?演出家という私の仕事の面白さ。
    いろんなことが、お芝居を演出するために「おお、なるほど!」の連続なのです。
    台本に出てくる地名、ちょっとしたセリフの雰囲気、それらがこうして、ふと得られる知識で豊かなイメージになっていく。
    演出家の職業ほど面白いものはないかもしれない。

    タマキビ貝の浜辺

    『出られないふたり』のキャラクターの一人に、イングランド寄りの富豪の家にとついた妹が登場します。彼女の住んでいるのは、浜辺の町キュランロー。
    そのあたりに近いような場所も通りました。
    キュランローもきっとこんなところではないかしら。

    夕食は牡蠣

    というわけで、本日の、モヘーの断崖ツアーは、無事に終了!

    バスはGalway に戻り、私はホテルへ戻り、一休みしてから、夕食を探しに、昨日歩いた賑やかな通りへ向かいます。


    パブでは大音響の音楽がなり、大勢があつまり、騒いでいます。コロナ禍なんてどこへ?ですね。ちなみにバスの中はわりとみんなマスクをしていました。外では外しています。でもこれらのパブはみんなコロナ禍前通り!

    しかし私は帰国する時に罹患したくないし、帰国後に罹患して舞台上演ができないなんてことにもなりたく無いので、パブなど、マスクしない人たちが密集して大騒ぎしているエリアは避けます。

    すると、ちょっと高級なところになってしまう。
    というわけで、Martine’s. へ。はい、オイスターをいただきます。それから海鮮トマトシチューを。窓際の素敵な席へ案内されました。

    明日は、レンタカーをして、いよいよ『出られないふたり』の舞台となった救貧院へ、それからアイルランドの心の川シャノンの流れるリムリック(これは『月が昇れば』に登場する街)近辺で一泊し、次の日はレディ・グレゴリーの愛した住処クールパークへ、と予定を立てています。
    今日のツアーバスも、明日私が使いそうな方面への交差点を通りました。

    Good Night !

  • アイルランド50代女一人旅 5:ゴールウェイ歴史散歩

    2022年10月5日

    ダブリン空港からバスに乗って雨と晴れと曇と目まぐるしく変わる天気の中、予定通りにゴールウェイに到着。

    ここからの予定は、まずホテルに行き、チェックイン前だから荷物だけ預けて、レディ・グレゴリーのお墓参りをしてから市内散策。

    そこで、バス停から「インペリアル・ホテル」という大層な名前のホテルへ向かう。

    雨あがりの Galway のなんと穏やかなこと!おしゃれでもなんでもない通りなのに、なぜか良い気分になれる。

    Eyre Square Statue

    すぐに街の中央広場 Eyre Square に到着。

    そうそう、日本って、英語で書くと Japan ですよね。それと同じことがアイルランドでもありまして、英語で書く Ireland は、アイルランド語で書くと、Eyre なのです。Eyre が国名。おそらく、Eyre という Land だったから、それを英語発音したら Ire-Land になったのでしょう。

    が、この広場の名前は、1710年にこの地域を提供した知事の名前が由来です。で、この広場の本当の名前は、John F Kennedy Memorial Park。なぜなら、1963年に、アイルランド移民で最初のアメリカ大統領になったケネディがここで演説をしたから。

    ホテルにたどり着く前、Eyre Square にある銅像の上の鴎という思わず笑顔になる絵に出迎えられました。

    この銅像になった方は、Liam Mellows (ライアム・メロゥズ)。アイルランド独立戦争の英雄で反逆罪で1922年に処刑されてしまいました。アイルランドの独立は本当に大変なことだったんですね。

    Imperial Hotel

    Imperial Hotel はEyre Square の角にあります。

    15時以降のチェックインは承知だけど日本から11時頃に着くから荷物だけ置かせて、とメールしてあったら、部屋を整えていてくれた!素晴らしい!

    メイドさんたちはアイルランド語を喋っている。素敵だ。素敵すぎる。好きだ。暮らすのはロンドンの方が何かと面白いが、ここは本当に来て良かった。最初っから好きだ。小さな町。しかもさっきまでの大雨はどこへやら、キラキラの青空なのである。荷解きして電源でスマホたちを再充電しながらメイクして、腹ごしらえ。

    The SKEFF

    とにかく、食べよう。しかし、どうして良いのかよくわからない。ともかくエアスクエアに沿って歩き出すと、最初に並んでいるパブのひとつ Skeff が、1850年創業と書いてあって花が植っていて、あ、ここにしよう、と思った。大層な木造り内装でこれも一眼で気に入った。先ず fish and chipsと思ったが、なんとこれが一番高額で17ユーロもする。なぜ? もっと好物でもっと日本では希少なムール貝が12.5ユーロだったのでそれにした。

    観て!この内装!

    大画面では、就任したばかりのリズ・トラス首相(この時はまだ)が、「イギリスを前へ進めよう」スピーチをしていた

    これだからヨーロッパ旅行はやめられない。

    上の写真はテーブル席エリア。

    この彫刻天井! このシャンデリア! 格子窓! カーブが美しい椅子!椅子の背もたれの繊細な刺繍! どっしりしたオークの柱たち、そしてその彫刻! 一つ一つに、愛と喜びが溢れていて、それが空間を満たす。何もかもが美術品・工芸品として美術館に入れてもいいくらいの一級の価値があるのに、普通にパブとして営業している。誰もがその恩恵に浴している。日本もこういう美術感覚にならないかなあ。

    下の写真は、止まり木エリアを隠し撮り。

    今回の旅は、2ヶ月後に上演する舞台作品のためのリサーチ。上演する一つは『月が昇れば』(レディ・グレゴリー作)で、舞台装置にウィスキーの樽が必要なのです。日本人のスタッフと俳優に見せようと思って写真を撮りましたが、バーテンダー君は明らかに自分が撮ってもらっていると思っているようです。芝居では、樽の上に大の男が二人、背中合わせに座る設定なのですが、この樽なら、十分可能な大きさですね。それにしても、1791年創立のPower Whiskey, 赤と黒のラベルがカッコ良すぎやしませんか?

    上の写真で注目すべきは、階段の手すりです。私は昼食を取るためだけに寄ったので、詳しく見られませんでしたが、上の階も素敵そうですね。次回は絶対に行ってみよう。

    初めてのGalway 到着したばかりでさすがの三輪えり花もちょっと尻込みして、詳しく見物できなかったけれど、木彫の紋様が素晴らしい。それにこのランプシェード。なんなの、この何から何まで手作業のデザインの美しさ。バーの下部のパネルさえ彫刻だらけ。すごすぎる。

    そしてお待たせ、ムール貝!とフライドポテト。乗っているのはガーリックブレッドです。

    美味しい! え、これ、皆さんに絶対に食べてもらいたい。美味い!語彙不足する美味しさ。パセリ、白ワイン、ガーリック、バター、塩。そして素材の新鮮さ! アイルランド西海岸は本当に貝が豊富な土地らしくて、それも次に上演する芝居で言及されているのだ。なので、冷凍の貝なんてないのです。全部新鮮(のはず。この美味しさは)。

    支払いはテーブルで、ウェイターと目を合わせて Bill, Please ビルプリーズというと用意してくれる。そのままクレカ。なので、これまでのようにサービスチャージをトップアップしなくて良い。サービスが含まれている値段なのだな。ユーロではらったけどあ、日本円で3600円くらいの昼食だった。すげー、日本貧しい!

    The New Cemetary at Bohemore

    お腹も目も体験ワクワクもいっぱいになったところで、いよいよ The New Cemetery at Bohemore へ、レディ・グレゴリーのお墓を探しに行く。1932年没。それなりに古めの墓石を探すが見つからない。ここに来る前に、日本から何度か事務局とメールでやりとりしたのだが、その人のお墓はここにはないと言われていたのだ。でも、世界のお墓データベースでは確かにここにいることになっている。誰も面倒を見ないせいで、別の誰かのお墓にされてしまったのかな。

    スミスさんを慕うカラスさん。

    お花がたくさん植っていて、全体が花壇のようになっているのがいいね。

    魔法使いの秘密小屋みたいな小さなチャペル。屋根の上の空洞状態のところに釣鐘をして鐘を鳴らすのです。

    この墓場全体のチャペルにしてはかなり小さいのでもしかしたら個人用(というか、ロミオゥとジュリエットみたいに大きなファミリーの)かもしれません。木の幹の感じとバランスと、これだけでも映画が撮れそうです

    ↑ こちらは、大きなチャペル。明らかに、こちらは墓場全体用。

    墓場にはカラスがよく似合う。とくにケルト十字だと、神話性が増す。カラスがただの鳥ではなく、何かの精霊で意思を持っているかに見える。

    ケルト十字架がぎっしりと立っている風景は案外すごい。映画でもなかなかないよ。

    必要箇所を先にチェック

    ホテルへ帰り、トイレ。次は今後に必要な箇所を確認のために回る。

    フェリーのチケット。Aran Island Ferries はどの通りにも支店がある感じ。私はコーチを降りた目の前にある支店へ。問題なく受け取れた。バス停も教えてもらい、0915にそこにいれば良いと聞いた。馬車観光が売り切れているみたいなんだけど、他にも会社は無いのか、と尋ねると、他にもあるそうだ。バスツアーはたくさんある。よしよし。

    フェリーに乗る際にスーツケースを預けたいので、ネット予約してあった Big O Taxi も見つけた。予約係が親切で、一緒に画面を見ながら確認できた。私がスケジュール確認に手間取っても、いいよいいよ、落ち着いて、と言ってくれる。良いな。

    正面に見えるのがBig O Taxi の建物

    ところが! タクシーは確認できたけど、スーツケース受け取りはやめたんだって。コロナのせいかもね。通りの向こうにあるprocab ならやってるよ、と教えてもらい、近くまで行ったが経営している雰囲気がなく、またあまりにも場末っぽくて、ここに荷物を預けるのは心配だな、と、中まで行かずに諦めて、駅にロッカーはないか探す。無い。車両のレーンが2本あるだけだ。入るのと出るのと。

    左手にフェリー切符売り場。右手のガラス張りの円形の建物がバスターミナル。

    コーチステーションはどうだ。スーツケース用のコインロッカーは無い。参ったなぁ、と思いつつ、明日のバスが出るMerchants Rd を調べに向かうと、途中に Kinlay Hostel があった。さっき、Big O の青年は、Kinlay hostelでも荷物預かりやってるよって言ってたよね。なので、受付で聞いてみる。わ! 24時間6ユーロでやってる。予約なしで当日運んでくれば良いそうだ。Galway のツアーも一手に引き受けているようで安心だ。ツアー会社からのホステルなのか、ホステルからのツアー会社なのか、わからないけれど、ここは使えそうです。

    バスの止まるMerchants Rd、なるほど。さまざまバスが道路沿いに、標識もなく並ぶ。どのバスなのか気をつけておくべし。

    Galway 近辺観光で必要な場所たち。中央上のバツ印が、一軒の価値のあるパブThe Skeff

    メインストリート観光

    それから小雨がたまに降る中を、傘をさして、私のこころの恋人オスカー・ワイルドの銅像の通りへ。William Street. この通りこそゴールウェイの動脈。

    みよ、この幸せな三輪えり花を。

    通り沿いに中世からの建物とパブが混在する。途中で Lynch’s Castle という、中世のLynch さんのお城が今は銀行になっているのがある。

    紋章は、ハウンドとドラゴン。盾の中には百合の花、ライオンなどのイギリス王室の印が見える。その下には、やもりにしがみつかれているフクロウ。いや、やもりかとかげを捕まえたフクロウか。

    イギリスでも感心したが、何百年も前の石の躯体に現代の窓やセントラルヒーティング、ガスと電気を通して再生使用する技術が素晴らしい。日本はなにかというと、コンクリートで見た目だけ似た感じにすりゃいいでしょ、となってしまう印象がある。

    その向かいだったかには、Claddah Ring を発明したお店がある。クラダリングは、アイルランドの愛と誠の象徴です。初めてロンドン大学に留学したとき、カナダ人の女性がクラダリングをしていました。彼女はアイルランド移民だったのです。そのときから、いつか手に入れたいなと思っていた。ここで買いましょう。今日はもう入れなかったけれど。

    William Street はここから Shop Street と名を変える。

    ホテルからスパニッシュアーチまで、一本道。青い線で示しました。

    ここで演劇を始めた人も、その場所である劇場跡の建物もあって、それらが、ブルー・プラークで示される。クラダリングの考案者のブループラークもある。

    自転車と街路灯と赤い壁と黄色のドアに黒いオリジナルの石パネルと青い通り名標識。おしゃれマインド全開です。

    ちなみに、青い通り名標識は、大きな文字で英文、その上に小さめの文字でアイルランド語標記がされています。

    ぶら下がり看板のデザインがクラダリング。ハートを両手で捧げ持つデザイン。

    青い建物は、パブ。手前の青い円形の盾が、ブループラーク。

    18〜19世紀の国会議員リチャード・マーティンさんがここに劇場を建てました。左の絵も劇場文化を表していますね。マーティンさんは動物保護や人道的活動家としても有名でした。

    青い四角くくり抜かれた紋章を見せているのはただのアイスクリームショップ(か、化粧品屋さん、忘れた)なのですが、元々の建物の石の紋章部分を残して提示しています。

    赤い壁のパブもヒストリカル! 築800年以上です。

    この King’s head はおどろおどろしいいわく付き。チャールズ1世が清教徒革命で首を切られたことを祝ってのパブのようです。

    中世の街並みが残る中を観光名所のSpanish Arch へ。目の前の車道は Spanish Parade という名前。道路の名称が素敵すぎる。コリブ河は流れがパワフルで驚いた。河口あたりって滔々としているものじゃない?コリブ河口は、まるで山中の急流!その中を白鳥が首を突っ込んでお食事中。大きなかもめも数種類。かもめって種類あるの?

    こちらは、Spanish Arch.

    1584年(シェイクスピアが20歳の歳)に建てられましたが、その期限はもっと古く、バイキング時代の12世紀に遡ります。

    1477年にコロンブスがジェノヴァからここにきて、この先には必ず陸があると確信した場所、という石碑が立っている。そうかぁ、コロンブスもこの門をくぐったんだな。感動!

    この日は晴天で穏やかですが、船員たちも、どんな思いでこの先の海を眺めたことだろう。だって、この先は崖になっていると信じられていた頃のことだよ。いや、陸なんだよ、あるんだよ、一周するんだから、と説得された男たちはどんな人間だったのだろう。捨てなくてはならない家族がいないとか、もう国にはいられない、とか、失恋してもうどうとでもなれ、とか、そしてそれ以上に、冒険がしたい、まだ見ぬ天地を探しに行きたい、という強い強い憧れがある人たち、どんな危険を冒しても自分は生き残るのだと確信している神経の持ち主だろうか。すごいですよね。

    コロンブスが西をめざすのはわかるけど、その一人の男についていく、というフォロワーの神経と信じる心がすごい。

    と、その向かいの壁にこんなものを見つけました。

    これはもしかしたら、Banksy さんですか?誰か教えて。

    再び Shop Street に戻り、食事どころを探す。牡蠣が食べたいんだよ〜。有名なのが、The MacDonagh’s 庶民的なFish & Chips のお店。牡蠣は6個で13ユーロ。あ、結構するんだね。昼の食事より高い。なるほど。

    少し先に行くと右に折れる石畳の小道が見えた。中世に紛れ込んだ?道路名は Druid Lane. ドルイド小道!

    行ってみましょう。

    行ってみると、工事現場みたいになっている。ガラスで覆われて。え?工事現場じゃないよ、遺跡だよ。Hall of the Red Earl.  紅伯爵の館。わお。中世です。13世紀の伯爵の邸宅で、当時の政治の中心的建物だったそうです。

    スパニッシュアーチからの距離感がわかりやすいと思うので、赤矢印、二箇所しました。

    再びShop Street へ戻り、もう一つ有名なSeafood 店 The Seafood Bar at Kirwan’sを探しに行くと、そこも中世。しかも、劇場後の建物の通り Kirwan’s Lane 。

    この通りには、マーティン劇場というのがある。18世紀。愛国主義者のシーボルド・ウルフ・トウンという男もここで演じた、と書いてあるブループラーク。

    中はもうお土産屋さんみたいになっているようです。

    空いていないので詳しく聞けなかった。次回のお楽しみ。

    一方、シーフードレストランも、全然誰も入っていなくて、営業しているのかどうかもわからず、通り過ぎる。

    上記地図では、Mcdonaugh’s の上に緑文字で書いてあるところです。

    Eyre Square Shopping Centre

    それから、Eyre Sqquare Centre というショッピングモールへ。ここも中世の砦。それを中心に建物全体で保存して、その周りが買い物街になっている全く新しいタイプの観光地。18時ごろだったが既にスーパーも閉め始めていて、電子レンジフードしかなく、夜はやはり外食決定。脚が非常に疲れた。一旦ホテルに帰るべし。ホテルが近くて本当に幸いだ。

    ショッピングセンターの地下には、古い城壁が保存されている。その地図とブループラーク。

    夜のEyre Square 前。お昼に食べたThe Skeff のある。

    その奥には小さなチャーチ。

    そして月。

    まいったね、映画を撮れる。

    オイスターで幸せな三輪えり花です。
    夜は迷った挙句、Eyre Square Harriman Hotel The Oyster Barへ。感激したのは黒パン。なにこれ、何、この美味しさ!この柔らかさ、この香り、この、ドライフルーツの香り。しっとりさ。もちろん牡蠣もおいしかった。ちょっと開き方が素人っぽかったんだけど・・・

    OK, 初日、お疲れ様でした!

  • アイルランド50代女一人旅 4:ダブリンから目的地へ

    アイルランド50代女一人旅 4:ダブリンから目的地へ

    50代女一人旅、成田からアブダビ経由でダブリンに到着。あと一息で目的地ゴールウェイ。

    ダブリン空港税関

    ダブリンは朝6時半。外はまだ暗い。ロンドンよりかなり北にあることを実感します。日の暮れるのもさぞ早いことでしょう。外気温は11℃。機内に持ち込んであった携帯用ユニクロダウンジャケットを早速羽織ります。

    税関で、
    sightseeing, for the second time
    と答え、無事に通り抜けます。オスカー・ワイルドの国なので、彼のように、
    I have nothing to declare except my talent.
    と言おうと待ち構えていたのだが、そういう答が出せる質問ではなかった。残念。

    スーツケースがターンテーブルから出てきたら、またスーツケースを開けて、機内用で必要無くなったものをしまい、アウトドアジャケットを出して、荷物検査場へ。

    ところで、これだけ人がいるのに、アジア人が私一人なんですけど。これは久しぶりの感覚です。そのせいかどうかわかりませんが、荷物検査場で呼び止められました。若いかっこいい青年です。最近は滅多に見かけなくなった珍しい人種(日本人)だったから話しかけたくなったのだと思います。

    お酒とタバコを持っていますか、と聞かれ、持ってるわけねーだろ、と笑顔で答えて通り抜けました。

    やったー、これで入国完了。

    ダブリンでのお金、どうする?

    つい先日、コロナ禍での海外旅行証明書不要宣言が出てすぐに英国に行ってきた知人が、

    「全くキャッシュを使わない!タッチでお金が落ちるデビットカードまたはクレジットカードばかり。トイレの使用料でさえ、カード!」

    と報告してくれました。

    が、万一と思って、アメリカドルを200ドルほどユーロに変えました。日本円は安いのでね。

    もらったお金は、お札は数字が大きくてわかりやすいけれども、小銭がわからぬ。安全な国とはいえ、両替窓口でお金を一所懸命数えてお財布に入れ替えている姿は危険(やったけど)。小銭チェックのために、トイレの個室に入りました。みなさん、お金チェックなどは、トイレの個室に入って、やりましょう。

    ダブリン空港内の両替所

    空港から目的地へのバスを探せ

    次は、目的地ゴールウェイ行きの直通バスを探します。インフォメーションセンターらしきデスクは見当たらず。迎出口を出て左側に両替所があるのですが、(上の写真)

    迎出口の右側に、デジタルボードが吊られていて、そこが長距離バスの時刻表です。その下に、セキュリティらしき男性がいて、案内をしています。インフォメーションを司る人ではないようなので、ちょっと様子を伺いましたが、話しかけることにしました。

    「ちょっと伺ってもいいですか? ゴールウェイに行きたいのだけど、次のバスが7番って出てますでしょ」
    「バス停は何番?」
    「13番」
    「13番はね、ここをまっすぐ通り抜けるとあるから」
    「チケットはバスで買えばいいの?」
    「うーん」
    「わからなければいいけど」
    「とりあえず行ってみたら、俺みたいな案内ジャケット着た奴がいるから、どうにかなる」
    「ありがとう」

    いいね、いいね、アイルランドだね。駐車場を通り抜けるとバスターミナル。

    ここを通り抜けるとさらに時刻表があり、間違っていなかった、とホッとする。

    13番に行くけど、誰もいない女性が一人、

    「これはゴールウェイ行き?」
    「と思うんですけど、私も初めてで」

    といううちにドライバーが降りてきて、スーツケースを車体に入れてくれる。

    チケットは運転席で。20ユーロ。

    せっかくの現金ですが、ちょっと様子見で、クレカ。私の日本のクレカはデビットカードではないので、イギリスのNatWest 銀行のものをタッチしたのだけど、肝心のピン番号を覚えていないので、結局日本のクレカでやりました。レシートがチケット代わりになります。乗ったのは3名。

    ゴールウェイ行きのバスからダブリン市内を眺める

    雨は上がり、低い雲が暗くかかっている、いかにもアイルランドの冬です。まだ秋のはずなんだけど。

    いや、雨だよね。

    高速道を抜けてダブリン市内に入ると、懐かしい河が。

    ダブリンの川には歩道橋がたくさんかかっている。これの散策が楽しいのだ。

    懐かしいと言っても、二度しかきていないダブリン。一度目は、2000年に、日本の演劇製作者たちのイギリス・アイルランドの演劇制作事情視察の通訳で。二度目は、2004年に、次の年に上演する北アイルランド国境の村の話『ドリー・ウェストのキッチン』のリサーチのために。それでも懐かしい。90年代のロンドンが今はあまりにも変わってしまったことを思うと、ダブリンの方が、かつて私の知っていた英国の感じが残っている。これが失われていきませんように。

    不思議な形の橋があります。恐竜の首みたいね。その橋は水路の水門を兼ねていて、右手には水路が見えます。

    頻繁に歩行者用の橋がある。遠くにドームが見える。プラタナスはもう黄色。

    ドームを飾る紋章は、ライオンとユニコーンがアイルランドの楽器ウードを囲んでいる。大英帝国統治の歴史。

    右折してBurg Quay の珍しい建物と黄色の旗の写真。

    そのあたりでバスは一旦停車して、市内からGalwayに行く人たちを乗せている。みんな予約しているみたいで、スマホのQRコードを見せている。

    そのさきの別のドームの建物では、へたな写真の見本みたいなのが撮れた。

    赤信号停車中にも、木陰と水辺と建物のなんでもないけど素敵な写真。

    と、ここで、Citylink バスにも無料WIFIがあることを発見。なんて素晴らしいんだ。日本みたいにいちいちメールアドレス入れて登録なんて作業なしで、すいっと接続。日本は本当に遅れまくっている。

    そういえば、イギリスと同じ右ハンドルの左車線運転。ラウンドアバウトも健在。

    ラウンドアバウトの使い方はこちら。イラスト。

    ゴールウェイまでのバスの道のり

    0815にダブリン空港出発。ダブリン市内の巨大な環状線を超えたところで0915。2時間半の道のりとのことなので、後1時間半くらいで到着する予定。Apple Map を車内WIFIでonにして眺めている。

    ずっとひどい雨だったがAthlone アスローンを越えたあたりで日がさして青空も見えてきた。

    Ballinasloe バリナスローの川からCounty Galway ゴールウェイ州(県か郡とも)にはいる。Athloneで超えた川もシャノンの上流!

    写真を撮り損ねたが、County Galwayに入りました!

    そしてまた雨

    Loughlea ラフリーに近いNew Inn ニュー・インのあたりで、地層が剥き出しになっているところがある。見るからに硬そうな真っ黒い岩盤である。なるほど、牧草かポテト、野菜しか育たないわけだ。森にはならない。

    そしてバス停に到着!

    そしてホテルまで歩く!
    Imperial Hotel というところ。下の地図で、バス停は、右端の小さな青いバスマークに停まりました。

    雨じゃなくて良かった。歩ける距離で良かった。

    ホテル到着からは・・・つづく

  • アイルランド50代女一人旅 3:エティハド航空 機内

    アイルランド50代女一人旅 3:エティハド航空 機内

    50代女一人旅、プーチンのせいでロシア上空が危険すぎて飛べないために、東京からアイルランドへ、アブダビ経由で21時間かけて向かいます。これから頻繁につかうことになるかもしれないエティハド航空。エコノミークラスの機内をご紹介しましょう。

    機内配布物

    袋に入って配られたのは、エンタメを視聴するイヤフォンの他に、お眠りグッズ。
    歯磨き・歯ブラシ。アイマスク、防音いやプラグ。

    あと、青い横長の袋に、COVID-19 対策用のマスクとアルコール消毒剤とお手拭きなど。

    機内食

    離陸して機体が安定するとドリンクサービス。それから機内食。機内食は、パスタかチキンかを選べ、私はパスタにしました。ほうれん草のクリームパスタです。美味しかった。それに量がありました。びっくり。パンだけちょっとパサつき気味でしたが、満足です。味付けは薄めなので、塩胡椒をちょいとふりかけて調整します。

    機内エンタメ

    機内エンタメは私の目には充実しているように思われます。面白いのは、メッカの方角を指し示すページがあることですね。さすがアラブ。私はというと、映画『ダウントンアビー』を観ながら食事。他にも、『トップガン』や『ジュラシック・ワールド』『ファンタスティック・ビースト』を観たかったのですが、食事の後は、歯を磨いて、寝ます。3席の隣が空いていたので動きやすくて良かった。ちなみに、結構、座席は埋まっていました。コロナ後の、海外旅行オッケーだよ、でヨーロッパ各地に行く人たちだと思います。

    10時間のフライトでアブダビ空港には日本時間の朝方3時半ごろの到着。到着の1時間ほど前に再び食事がでます。今度はチキンの煮込みしか残っていなくて、脂身などが苦手な私はお野菜だけ食べました。

    そうそう、寝ている間に、軽食でチョコレートマフィンが配られました。これはアイルランドでに到着してから万一の場合のおやつにします。と、リュックにしまう。

    アブダビ空港ってこんな感じ

    アブダビ到着は夜の10時半ごろ。気温32℃。窓が曇る。え?結構湿気があるらしい。砂漠の国だと思っていたが、さすがにペルシャ湾に面した街だけある。アラブ首長国連邦の首都です。

    ダブリンへの乗り継ぎ便は3時間後の真夜中1時半。ダブリンにはその8〜9時間とび、ダブリン時間の朝6時半に到着です。こまめに睡眠をできるだけとって、ダブリンで疲れないようにしたい。

    アブダビ空港の中は、ドバイよりもずっと小さく、高級品店街をくるっと回って終わり、という感じ。2階が食事処になっています。ピザとか、サンドイッチとか、インド料理とか、飲茶など、美味しそうでした。

    搭乗ゲートの発表が1時間前なので、それまで誰でもいられるソファ式の椅子が運よく一つ空いていたので、そこで休みます。基本的にはコロナ禍対策で、椅子は一席おきに座ってね、と書かれてあるのですが、私のいた列にはその表示がなく、お隣に小太りの、お菓子ばかり食べている、足の小さな女性が座ってうんうん唸っていました。体が重くて唸るのだけど、食べずにはいられないみたい・・・。

    ダブリン便:搭乗口の攻防

    一眠りしていよいよダブリン行きに搭乗です。トイレを済ませてね。

    搭乗ゲートに向かうと、さっきの便でお隣だった日本人女性も並んでいたので、ダブリンですか?と声をかけると彼女も同時に、フランスですか?と声をかけてきた。彼女の持っている紙の搭乗券にはこのゲート番号が記されている。が、私のオンライン搭乗券は、ゲート番号は記されておらず、搭乗前にチェックすることになっている。で、ここに並んでいる人は皆ダブリン行き。先に印刷された搭乗券のゲート番号が変更になったのだ。彼女は慌てて確認に行った。こういうこともあるので、搭乗ゲートは頻繁に確認しましょう。以前、エジプトに行った時も、搭乗ゲートが空港のデジタルボードで発表されてから、さらに二度変更になりました。気をつけて。

    この搭乗口の係員は、すごく態度が大きい。客よりもステイタスを高くとろうとしてくる。(ステイタスとは、私が翻訳した『インプロ』に書いてありますが、他者との関係性のこと)。三箇所くらい通過ルートがあるのだが、叱りつけるように「Here!」と呼ぶ。パスポートもチケットも用意して待っているのに、パスポートを渡してからiPhoneのQRコードを見せようとしているのに、「チケットは?」とか威圧的に急き立ててくる。
    日本人はオロオロする、のがデフォルトのせいだろうか・・・。係員が、自分は英語が得意だから偉いんだと思っているせいだろうか・・・。
    私はそんなことには負けないから、「はいここですよー」と自分のペースとステイタスを崩さない。
    彼がiPhone画面を機械で読み取ろうとするとうまくいかない。見るとクレジットカードの画面になってしまっている。彼はワザとのように大きく非難するため息をついて上から目線で私を小馬鹿にする。

    私「あなたが画面を触ったせいでしょ」
    彼「いいや、あんたが変にしたんだ」

    ここで私はさすがにカチン!

    「いいえ私ではありません」。

    これら全て英語ね。
    しかも私は上流階級英語発音を使ってステイタスの上を取った。
    すると、彼はくるりと態度を変えて、「はい〜オッケーでーす。お気をつけて〜」。

    むむむ、と思いますでしょ。私も思いました。
    これがいまだに現実なんですよ。
    私が1989年に初めてイギリスに行った時から変わらず、です。

    相手の態度が悪い時、こちらがステイタスを高く持って上流階級発音を使ってやや命令口調にすると、係員・事務員・ウェイター、男女年齢関わらず、必ず態度を軟化させて召使ステイタスに戻り、サービスが良くなります。恐ろしや、刷り込まれた身分制度よ。

    ↑ これ、お芝居にできるなあ。

    アブダビからダブリンの真夜中便では、離陸直後に、サンドイッチの提供。

    これは水ボトルと一緒に袋に入れて配られますが、飲み物カートはやってきます。ワインを頼んでいる人もいましたよ。私はビタミンを摂取するために林檎ジュース。

    8時間後にはトレーの食事が出ます。初めにベジタリアンなどの特別職の人に配食され一般人はその後。
    言葉が聞き取れないと、なんで隣の人だけ食べ物が来るの?と不安になるかもしれませんが、大丈夫、待っていましょう。朝食はチーズオムレツ、ほうれん草、ポテト、クロワッサン。
    ドリンクは、二度手間にならないようにと、オレンジジュースとミルクティーを同時にもらってしまうと便利。後でお茶カートが来ない場合もあるし、スチュワードを呼んでもなかなか来ないから。

    そしてダブリンに到着しました。

    つづく

  • アイルランド50代女一人旅 2:持ち物とスーツケースはどうしたらいい?

    50代の女1人旅。やってみたいけれど、ひとつ勇気が出ないし、そもそもどうしたら良いかちょっとわからない。そんなかたの助けになれば嬉しい。

    50代で女性で一人旅、となると、ご家庭を持っていらっしゃる方なら、子育てがそろそろ終わるころでやっと自分の自由な時間が増えてきたあたり。自由な働き方ができるようになった環境が、幸か不幸かコロナ禍で生まれたり。

    気になるのは、言葉・荷物・交通・宿泊・服装。でしょうか。

    言葉:

    もうしかたない。一人旅!と思った時点で冒険が始まる。基本的には英語で良いでしょう。現場でハプニングやアクシデントが起きるのは織り込み済み。だからこそ、事前準備をしっかりして、可能な限り、「あ〜やっておけばよかった」を潰しておこう。

    交通:

    情報を様々な角度から集める。その場所を旅行してきた人のブログを読む。バスの乗り換え方法や、時刻表など。時刻表は、ネットで探せます。英語だけど、どうせ現地で探すのなら、今のうちにやってしまおう。そのためには、どこへ行きたいかをチェック。

    そして、行きたいところについても、ネットで歴史を見ておくこと。
    実際に見た時の感動が倍増します。

    行き当たりばったりは、1ヶ月以上の暮らすような旅の時は良いけれど、10日くらいまでなら計画を立てるほうが、旅が面白くなる。

    繰り返しますが、その場で調べてそれに時間を取られてお腹が空いて日が暮れるのと、しっかり調べておいてなお「まじか・・・」のハプニングがあるのとは、全く別物なんです。

    トイレとロッカー:← 大事‼️

    一人旅の場合、トイレに行く時、大きな荷物をどこに置くかがものすごく大きなポイントになります。空港なら、先に預けてしまう。そして、トイレに運び込める大きさの荷物で行動します。

    が、空港以外のバスターミナルや電車の駅などでは、大きな荷物をどこに一時保管しておけるか、これも事前にチェックできることも多いので、調べておきましょう。とくに今は Google で探せるので。

    スーツケース:← ひとりで階段を登れますか?

    大きさを決める。

    何日間?季節?場所?旅行の日中と夜の過ごし方、洗濯をするのかしないか、などを考えます。
    旅程日数を確認。私のこの旅は、9日間の10月のアイルランド。

    天候をネットで確認。
    え、東京の1月くらい!
    ということはダウンジャケット必須。ブーツ必須。
    だが東京はまだ25度から27度という異例の厚さ。
    自宅を何で出ればいいのか、アイルランドの空港に着いた時に上着を羽織れるようにしておくにはどうするか。

    そうしたことを考慮して、

    四輪が動く箱型のハードスーツケース(LIMOWA の78L)と、四輪が動く箱型のソフトキャリー(無印。機内持込最大サイズ)の2個、そしてリュックと斜めがけショルダーを持ちました。

    なぜなら、リュックは、旅行中に両手が開くから、スーツケースを持ち上げなければいけない時も、外さなくて良いので安心です。

    箱型スーツケースの便利なところは、上にものを楽に置けること。
    ちょっとした飲み物も一時的に置けるので、断然おすすめです。

    車輪付きは四輪がおすすめです。

    でも階段は持ち上げて運ぶので、とにかく軽くする。
    もともと軽いスーツケースを選ぶこと。
    機内持込も同様で、実はリュックも機内用のソフトキャリーの中にいれて持ち込みたい。

    元はもうひとつ小型の、サムソナイトのシェル型にしようと思ったのですが、お土産の量を考えて、手持ちの最大サイズのスーツケースにしました。なので、行く時は、半分の量しか荷物は入っていません。

    注意!ハイソサエティなブランドバッグで旅行したい方へ:

    あと、ルイ・ヴィトンなどのハイソサエティブランドで移動したい気持ちはわかりますが、それは2人以上の旅行のときに。女1人だと、金持ちだと思われて、盗難どころか、誘拐や脅しのターゲットにされる危険も考える。どうしてもブランドバッグで移動したければ、空港までハイヤー、空港からは高級ホテルまでハイヤーにしましょう。

    帰りも含めて荷物が多いなら、航空機のドア to ドアのサービスを利用するのも一案です。

    衣類を考える:

    日程は限られているので、できるだけ効率よく回す。

    たとえ50代といえど、女1人なので、いつオシャレをしたいのか、むしろオシャレしない方が良い状態はどれくらいあるのか、をよく考える。

    私の今回の旅程は、

    10月4日の昼に自宅を出て、10月5日の朝にダブリンに到着する。帰りは10月11日の早朝にダブリンのホテルを出て10月12日の昼に成田に着く。

    ということは、実際の活動中の日数は6日分。あとは飛行機機内用&移動用の服装。

    活動予定は、

    10月5日:
    早朝のダブリンからゴールウェイまでバスなので、まだ移動の格好のまま。ゴールウェイのホテルチェックインは夕方なので、荷物だけ預けて、移動の格好のまま、レディ・グレゴリーのお墓参りと市内観光。明日からのバスやレンタカーなどの場所やチケット受け取り場所やロッカーの場所などをこの日のうちに確認。
    夜はオイスターを食べたい。

    10月6日:
    早朝からバスで夕方までツアー。岩がちなところを歩くので、ハイキングの格好で。
    夜はオイスターを食べたい。

    10月7日〜8日:
    早朝からレンタカーして南の方で1泊して次の日にゴールウェイに戻る。
    レンタカーだから誰にも会わないし、救貧院などを回るのでシンプルな格好で。
    ただし、この日の宿泊は地方のカントリーハウスという貴族の邸宅!
    ディナーも予約したから、ディナー用のハイヒールとドレスとミニバッグは必要。
    8日にゴールウェイに戻ったら
    夜はオイスターを食べたい。

    10月9日〜10日:
    フェリーでイニシュモア島へ渡り、1泊。岩がちなところを歩くので、ハイキングの格好で。
    フェリーなのと、船着場からキャンプ場のようなところへ行って宿泊するので、スーツケース移動は無理。
    リュック一つで行けるようにしたい。

    10月10日:
    イニシュモアからゴールウェイに早朝に戻り、預けておいたスーツケースを引き取って、即座にダブリンへバスで向かう。午前中にはダブリンに到着できるので、ホテルに荷物を預け次第、市内観光。
    夜は友人とアベイ劇場で観劇。だけどロンドンでの観劇とは違う客層やコンセプトのはずなので、カジュアルで。
    次の日は早朝に空港へ。

    アイリッシュ・オイスター©️ELICAMIWA

    と、なりました。

    つまり、わずか1回のディナーのために、ドレス・セットをひとつ持つわけです。しかし三輪えり花、ここは欠かせません。

    が、ほかは全てハイキングか街歩き用のカジュアル。しかも東京の1月の気温。
    というわけで、セーターを色違い2枚、ズボンを色違い2本、部屋着、小さくなる携帯ダウンジャケット、アウトドア用のジャケット、で決まりです。同じ人に会うことはないので、ほぼ同じ格好です。2着ずつ持つのは、万一雨に濡れたり、転んだりしてもう1着持ってくればよかったな、と思わないで済むためのようなもの。

    これで下着と靴下系も決まりました。ホテルで洗濯をして下着と靴下を着回す派なので、それらは3着ずつ。

    基本の荷物を確認しよう:

    これはもうどこの旅行本にもサイトにも書かれていることですが、三輪えり花がそれらをどうやって持っていくのか、おつたえしておきます。

    斜めがけのショルダーバッグの中に:

    お財布・パスポート・鍵・ハンカチ・スマホ(スマホにチケットが入っている)・アルコール消毒ジェルかスプレー。

    リュックの中に:
    機内用のスリッパ(機内トイレのフロアは最悪の衛生状態であることを覚悟して、使い捨てのつもりで)。
    エア枕・目隠し・マスク・耳栓・ハンドジェル。
    スマホ充電用のコード(USBで機内充電できる。バスなどにもそのリュックのまま乗るので、コンセント部分も持つ)

    そのリュックは、機内持込キャリーの中に入れます。
    入れなくても大丈夫な航空会社や座席クラスもあるので、機内持ち込みの数を確認しておこう。

    いずれにせよ、機内キャリーは座席の頭上ロッカーにしまうので、上記したような、機内で必要なものを出し入れするのにいちいち上を開けなくてはならないので大変に面倒だから、機内キャリーを持ち込んだらシートベルトをする前に、座席で当座使うようなものをバッグ状態で出せると便利。しかも、前の座席の下に置くと、足乗せクッションの代わりにも!これがめちゃくちゃ楽!!

    機内キャリーの中に:
    上述リュックのほかに、パソコン、スケッチブック、カメラなども入れておきます(三輪えり花はGoPro)。
    靴下とパンツとカーディガン(万一、大きなスーツケースが迷子になっても一晩は過ごせるように)。50代だともう生理用品が要らないのでそこが楽!
    小さめのタオル。
    空のジップロック(ちょっとしたものやお菓子や濡れたハンカチなどを入れるのに便利)。

    櫛と髪ゴムと基本の化粧品。
    私は普段でも、舞台に立つとき以外はアイメイクしかしないので、肌からメイクを落とす必要がありません。なので液体系やジェル系のものは、マスカラやアイライナー程度です。が、それらも含め、液体は、たいへんに厳しい規制があります。液体類は全てひとつにまとめて透明なA5サイズくらいの袋に入れて荷物検査で見せる必要があります。なので、マスカラ、リキッドアイライナー、リップクリーム、保湿クリームをまとめておきましょう。この規制に関しては、必ずご自身で、液体を機内に持ち込む方法を他のネットなどでも確認してくださいね。

    Bring-in Liquids ©️ELICAMIWA

    大きなスーツケースの中に:
    衣装のほかに、靴。ドレスがあるので、ハイヒールと、ハイキングにも耐えうる冬用のショートブーツ。

    街歩き用には、PUMA の柔らかいスニーカーで、これは出発から履いていきます。

    洗濯用品。
    私は「ウタマロ」の固形石鹸と小さなゴム製の洗濯板(めちゃかわいい)をジップロックに入れて持っていきます。そして洗濯バサミをいくつか。針金ハンガーも2本ほどあると便利な時があります。重くないしね。

    医薬品。頭痛薬、胃腸薬、傷薬、絆創膏。予備のマスク。

    ハンカチとティッシュも。

    私は髪の毛も櫛で梳かすだけでドライヤーもカーラーも使わないのでもちろん持たないけれど、みなさん、電圧が必要なドライヤーは、いまやユースホステル以外のホテルには完備されています。どうしてもホットカーラーが必要かどうか、女一人旅で使うタイミングがあるか否か、など考えて決めましょう。電気系は、ちゃんと240Vと120vの両方で使えるかどうかを確認。240vが使えないじゃん!となったた、大変に重い、かさばる変圧器を持たねばならないのです。
    ドライヤーやカーラーを購入する時点で、海外対応と謳っているものを選びましょう。

    荷物の全体像が掴めたら

    これくらいかなぁ。めちゃくちゃ荷物が軽い。むしろ機内ものの方が充実している・・・。

    と、ここでスーツケースを小さくしてもOK!

    ただし私は今回の旅では、レディ・グレゴリー関係の資料や、来たくても来られない俳優たちのためにお土産を買いたいので、その分のゆとりを持って、大きなスーツケースにしました。

    で、実は、そのおかげでなんと、行きの際は無印良品のソフトキャリーが、LIMOWAのスーツケースの中に収まってしまいました!!機内持ち込みはリュックのみに。動きやすくて最高でした。そして復路は、そのハードケースにもソフトキャリーにもお土産、という状態となりました。めでたしめでたし。

    Pack Eonomically©️ELICAMIWA

    とっても長い記事になってしまった。

    50代で女一人旅をしたい方の役に立ちますように!

    次回こそ、機内の様子を書きます。