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カテゴリー: 文化と教養

文化芸術に関する知識と教養

  • Why Theatre?

    親:イギリスの学校でも、日本経由の乗り物できた学生たちを2週間隔離するという動きが出てきました。

    子:ダイアモンド・プリンセスで発熱した厚生省のかたは、乗船が2月11日、発熱が2月14日。
     潜伏期間は2週間から3週間とのことだから、
     このかたはクルーズ船で感染したのではなく、
     2月1日前後に、霞ヶ関へ出勤する生活のどこかで
     罹患した状態で
     そうと知らずにクルーズ船に検査乗船したってことだよね。

    親:皆さん本当に気をつけてくださいね。

    子:そういえば、コロナウィルスで外に出られないから、中国ではオンライン授業を活用し始めたみたいだね。

    親:いいことだ。そもそも、授業の大半は、
     オンラインでいい。
     自宅でも海外でも、どこにいても、受講できるし。

    子:リアルタイムで受講するのか、
     後から録画受講ででもいいのか、
     とか、問題はいろいろあるんじゃない?

    親:そんなのは些細なこと。
     あとでいくらでも話し合える。
     ほとんどの授業はオンラインで、できる
     というのは、納得する?

    子:する。
     家で誰もいないところで教科書とだけ
     向き合って自習するわけじゃなくて、
     目の前のテレビに先生がいて、
     一緒に読んでみましょう、
     と国語をやったり、発音を教えたり、
     数学も、社会も。
     知識系はまずオンライン授業に
     問題はないよね。
     でも、質問とかあるときは?

    親:いまはネットも発達しているから、
     質問はTwitterでいますぐ、
     とかも出来るじゃない。
     で、課題や試験はしっかりやる。

    子:たしかに。学校に行かなくていいのなら、
     嫌いな人や苦手な人と会わなくて済むね。

    親:先生たちの負担も減る。
     家庭を持っていてもできる。
     赤ちゃんを抱えながらでもオンライン授業をできる。

    子:生徒も、どこにいても受講できるなら、
     僻地でも都会でも、海外にいても、
     良い授業を選んで受けられるね。

    親:良いことづくし。

    子:でもちょっと待って!
     学校の良いところは、みんなで一緒に勉強できる、
     社会性も学べる、ってことだよね。

    親:でもでもちょっと待って!!
     まさにその「みんなで一緒に」が
     日本の負の画一性を生み出して、
     結果として経済を停滞させてしまってきたのでは?

     まさにその「みんなで一緒に」のために、
     いじめが発生して、
     社会性を学ぶどころか、
     社会不適合者の烙印を子供たちに
     押し捲る場所になっているのでは?

    子:たしかにそうかもしれないけど・・・。
     じゃあ、筆記でできる授業はオンラインで学ぶとして、
     社会性はどこで学べばいいのでしょう?

    親:ちゃかちゃーん!
     演劇です。
     筆記以外のあらゆることを演劇では、学べます。
     はっきり言って、筆記系の授業でさえ、
     演劇で学べるのですが、
     ここでは、社会教育という論点に絞って考えましょう。

     質問。社会性とはなんですか?

    子:人を思いやる心かな。共感。

    親:そう!思いやりと共感こそ、
     コミュニケーションの第一歩。
     思いやりの心、それが、社会性の本質。

    子:そうだね、お互いがそれを守って
     いるところに平和が生まれる。

    親:でね、思いやりと共感と
     コミュニケーションを学ぶには、
     演劇こそ、最適なのです。えへん。

    子:それは、実際に自分たちでお芝居を上演するっていうこと?

    親:そうとは限らないの。いろんなやり方があってね。
     でも、シェイクスピアやグリム童話でもいいんだけど、
     実際に台本があって、せりふがあって、相手役がいて、
     悪いやつといいやつがいて、選択によって運命がわかれそうだ、というRPGみたいなことを、身をもって演じるのが、大事。

    子:なるほど。RPGゲームそのものがすでにバーチャルだけど、バーチャルをリアルにやるわけか。

    親:そう。それはオンラインでは
     絶対にできない。
     自分がそこにいて、
     目の前に生身の肉体の相手がいて、
     という状態が絶対に必要。
     つまり演劇だけは、絶対に
     オンラインではできないことである、
     とわたしは信じています。

    子:えっ!!
     三輪えり花さんて人は、
     オンラインの演劇塾、
     やってますよね。

    親:だね。

    子:三輪えり花はなんでオンラインの演劇塾なんてやってるの?それって演劇なの?そもそもオンラインで可能なの?

    親:それについては深い負理由があるらしいのだ。

    子:じゃ、次回、聞いてみましょう。


    おまけ:ブログでロンドン塔のことを書きました。

    Youtubeの動画では、塔の成り立ちをお話しし、シェイクスピアのせりふを紹介します。

    ブログでは、その動画と合わせて、シェイクスピアの時代に塔がどのように使われていたかを書いているので、ぜひブログでご覧ください。

    ブログリンク
    https://elicamiwa.com/blog/?p=4570

  • London2019-20: Regent St & Liberty

    ピカデリーサーカス Piccadilly CircusからRegent Streetを上ってみましょう。Prince Regentとは、摂政のこと。

    19世期のスタートと共に作られたこの通りは、みごとな曲線を描いてオックスフォードサーカスまで続きます。

    わたしがヨーロッパのなにが好きって、建築物の曲線が好き。

    Thank you Wikipedia

    そしてリージェントストリートの曲線はもう好きで好きでたまらない。
    王室宝飾をガードしているGarrardもここにあったし(ざんねんなことに商売が下手でMappin & Webb に飲み込まれてしまった)
    この通りにお店を構えるのは一流も一流の印。

    そして、ユニクロがあった。
    すごいぞ柳井さん。
    高額商品ばかりを扱う通りに低額商品の店を置くという戦略がすごすぎる。
    ただ、ユニクロがあることで通りとしてはちょっと品格が落ちるので、長期的に見るとどうなんだ、とも思うけど・・・
    でも日本がひたすら落ちていくこの時代に、日本人が夢を叶えていくってすごいことですよ。

    ここをあがっていくとリバティというすんばらしいデパートに着きます。

    トラベル・シェイクスピアでも解説しているので、動画でどうぞ

    大英帝国華やかなりし頃、東洋貿易は布や紅茶が大流行
    建築も一見の価値があるし、ぜひぜひ総吹き抜けのデパート内をみてほしい
    総吹き抜けになっているのは、大きな布やカーペットなどを上の階の手摺りから垂らして、眺められるようにしたためなんですよ。
    階段も素晴らしいしぜひ覗いてみてください
    おみやげひんもオシャレなのがいっぱい日本では手に入らないものがたくさん見つかります。
    わたしはもうここでシャツを買うと決めていたので、リバティプリントの綿ローンの夏シャツを2枚入手しました。

  • London 2019-14: As You Like It

    London 2019-14: As You Like It

    ロンドン日記第14弾は、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーで観た As You Like It 『お気に召すまま』について。

    ロイヤル・シェイクスピア劇場は、エイヴォン川のほとりに立つ素晴らしい劇場です。動画でも紹介しているので、ぜひご覧ください。

    わたしが在外研修で住んでいたころの劇場は、まだ古い建物で、どっしりした木造の感じが歴史を感じさせて、とても好きだったの。

    そのころは、小劇場 Other Place の改装が終わったばかりで、その柿落とし公演の練習をしていたっけ。

    で、メインハウスは2010年の改装ですっかり近代的になり、仕掛けがすごくてきんきらしている印象です。

    現在は、メインハウスに 
    ロイヤル・シェイクスピア・シアター
    The Royal Shakespeare Theatre、

    スワン・シアター
    The Swan

    の、大小二つの劇場があり、少し足を伸ばしたところに

    アザープレイス
    The Other Place

    という小劇場があります。

    子供向けのイベントも豊富!

    劇場ごとに出し物の特性があります。

    大劇場 The RST では、王道のシェイクスピア。

    中劇場 The Swan では、シェイクスピアと同時代の作品や、ときにはチェーホフやミュージカルも。

    小劇場 The Other Place では、客席200という素晴らしい空間で、実験的な、本当にロイヤル・シェイクスピア・カンパニーがやりたいのはこっちなんじゃないか、と思える作品を。

    今回は、姉が初めてのリアル・シェイクスピアということもあり、わたしも『シェイクスピアの演技術』出版記念のプロモーションだったため、王道の大劇場で『お気に召すまま』を。

    『お気に召すまま』

    シェイクスピアは、自分のいた劇団のメンバーで当て書きしていました。当時は、女性は舞台に上がってはいけなかったので、演じるのは全員男性だけ。女性のキャラクターは、声変わりする前の少年が演じていたのです。

    それが人気のもとでもあったのか、シェイクスピアの若い女性キャラは、本当に面白い!

    本当に面白いくせに、人数が少ない。

    シェイクスピアの作品は大人数が出演するのですが、実際は、15人いれば、持ち回りで物語を進めることができました。そのうち、女性は、若いのが二人、老婆が一人。だけ。

    なので、性別をリアル性別のまま上演しようとするとどうしても偏ってしまうんですね。

    現代は、性別の境目というのは本来曖昧なのだ、ということがだんだん表に現れるようになってきました。

    シェイクスピアだって、それをわかっていたから、女性っぽい男性キャラや男っぽい女性キャラを描いたのかもしれません。

    しかもおもしろいことに、男と女の枠組みハマってしまっているキャラクターはがんじがらめになっていて、不幸なんですよ。性別を超えたようなキャラクターは実に生き生きしているんですね。

    どうやら今回、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーはそこに目をつけたようで、男として描かれたキャラクターを女性が女性として演じることにしたり、目が見えない人や口がきけない人(イギリスには、その人たちが活躍できる専門の劇団もあるのです)が出演したりしていました。

    ストーリーまで話すと長くなるので、ぜひ映画を見るなり、台本を読んでみてね、なのですが、

    例えば、貴族の一人ジェイキスという男を、女性が、女性として演じたり。

    また別の例では、片思いで泣きぬれている羊飼いの少年シルヴィアスを、女性が、シルヴィアという名前に変えて女性として演じたり。
    で、原作ではシルヴィアスは女の子フィービーに片想いしているわけで、となるとこのシルヴィアちゃんは、女の子フィービーに恋をしているのね。
    で、原作では、最後はこの二人もハッピーエンド、つまり結婚するのです。そう、今回は、女性同士の結婚が成立することに。

    さらに別の例では、山羊飼いのオードリーって女の子がいるのだけれど、そのキャラクターは口の聞けない俳優が演じていました。
    原作ではオードリーに惚れ込んでずーっと跡をついて回っている男の子がいるのね、それでその男の子がオードリーの手話通訳をするの。
    誰かがオードリーに話しかける、男の子がオードリーに手話で伝える、オードリーが手話で答える、男の子がシェイクスピアがオードリーのせりふとして書いたせりふを英語で言う、相手は理解する。
    ・・・という流れで芝居が進むわけで、この間に通訳を挟むことがそもそもコメディの場面として成立してしまうのが、おおさすがよく読み込んでいる!と感激でした。

    シェイクスピアが現代に生きていて、ジェンダーフリーやハンディキャップの人たちにも、生きる権利と全てに参加する権利があるはず、という考え方に触れれば、きっとこのような設定を考えたに違いない、とロイヤル・シェイクスピア劇団の制作チームは考えたに違いない。

    そのために、なんと、人称代名詞が変っちゃうわけですよ!!!!

    『お気に召すまま』の名台詞の中に、

    All the world is a stage, 
    And all men and women merely players, 
    They have their exits and entrances,
    And one man in his time plays many parts.

    というのがあるのだがこの4行目の
    one man in his time
    を、なんとなんと
    One person in its time  
    と言い換えてしまった!!!!

    こりゃすごいことなんですよ。

    清少納言の「春はあけぼの」を、
    「春もあけぼの」とか
    「春は夜明け」と言い換えるのと同じくらい変。

    やっちゃいけないことのひとつ。

    なのに、やってしまった。

    そういえば、シェイクスピアの悲劇『マクベス』のせりふに
    やってしまって、それでことが済むものなら、早くやってしまったほうがいい(福田恒存訳)
    というのがありますが、

    まさに、やっちまったよ、RSC。です。

    よろしいですか、天下のRSCが、
    シェイクスピアの原文を、
    ジェンダーフリーにするために、
    変えてしまったのです。

    きっとものすごい抵抗があったと思います。

    でも、必要だと思ったから、変えた。

    好きか嫌いかはともかくとして、その勇気と決意と信念こそが、とてもシェイクスピアらしいと思いました。

    実際、これだけジェンダーフリーになってくると、性別のある言語の古典文学はどうなるんだってことになりますね。

    わたしは、肉体的性別上で人称代名詞も分ける、というだけでいいと思っているのですが、肉体と心がかけ離れている苦しみをしりもしないで、ときっと叱られるでしょう。

    でも、古典文学の人称代名詞や、フランス語のように物自体に性別がついてしまっている言語では、もっと軽い気持ちで言語を使うことでいいじゃん、などと考えを巡らせました。

    これは、日本の放送禁止用語にも関わってきて、たとえば英語の blind を「目の不自由な人」と訳すとどうにもキャラクターがそれを言う気持ちも表せないし、ゴロもよくないしで、どうして元々の blind に当てることのできる日本語を、使っちゃいけないことにするのか、さっぱりわかりません。そこに差別意識があるのは、単語にではなく、それを使う人の気持ちにあるのであって、単語には罪はない。

    など、いろいろ考えさせられた『お気に召すまま』でした。

    うしろの人形もちょっとわけがわからない。わたしは突拍子もないものは好きなんだけど、なぜか納得できないのだ。

    ちなみに、大劇場での演出・上演・演技は、わたしにはアメリカ人観光客向けのものに感じられました。

    イアン・マッケラン、ジュディ・デンチ、ケネス・ブラナーのいた黄金期の演技力が、ストラトフォードの俳優には足りない。

    ロンドンのナショナルシアターで観た『トップガールズ」、ピンター劇場で観た『背信』ともに演技力は素晴らしかった。
    あと、日記としてはまだ後で書くけれども、今回の旅の最後に観たグローブ座の俳優たちの力量もものすごかった。

    だから、イギリスの俳優の演技力が落ちたわけではない。

    だから、ほんとうに正直に言って、RSCの『お気に召すまま』と、それから2016年に観た『ハムレット』では、え?この演技力でいいの?とかなりかなり深くがっかりしています。Stratford Upon Avonに引っ込んだRSCには良い俳優が集まりにくくなっているのではないか。

    もしかしたら、中劇場や小劇場で、観光客向けではない作品に出演している俳優と演出の方がレベルが高いかもしれない。つぎはそれを調べに観にこなくてはね。

    というわけで、演出の方向性と信念は素晴らしいと思ったけれど、それを表現する演出と演技力がついてこなかったな、いわゆるアイディア倒れという、残念なことになってしまいました。

    ほんと、辛口でごめんなさい。
    だって、もっといいはずだと知っているから。

    RST, Swan Theatre
  • フィッシュアンドチップス今昔物語

    フィッシュアンドチップス今昔物語

    2019年5月のロンドン旅行日記、ストラットフォードアポンエイヴォンのフィッシュアンドチップスの思い出をブログにしました。

    1990年代にわたしが住んでいた頃のロンドンと、今との違いも書いてあるので、面白いですよ。

    ストラトフォードには、シェイクスピアの『お気に召すまま』を見に行きましたの。

    シェイクスピアのせりふは人生の助け舟です。

    喋ってみたい方は、オーディション・ワークショップにきてみませんか?
    本当の目的は6月のシェイクスピア遊び語りの出演者公募ですが、ワークショップにするので、初心者やちょっとせりふを喋ってみたい方にも最適です。

  • London 2019-12:  Billy Budd

    London 2019-12: Billy Budd

    2019年5月10日にロイヤルオペラハウスで観たのは、ベンジャミン・ブリテンの『Billy Budd ビリー・バッド』。

    恥ずかしながら、全く知らなかった。

    演出家が、デボラ・ウォーナーという、
    わたしがロンドンに住んでいた時代に
    ナショナル・シアターで最も売れていた
    あのデボラ・ウォーナーだというし、

    全公演ソールドアウトというので、

    むしろそれが理由で観に行った。

    あ、これまた、昨日の晩まで完売だったのに、
    今朝チェックしたらたまたま1枚だけ
    空きが出たのをすかさず購入したのだ。

    ラ・ボエームやカルメンなら完売もわかるけれど、
    なんでこれがソールドアウト?

    幕が開くと、
    暗い中、
    どうやら何本もの太い縄が
    舞台一面に垂れ下がっている。

    さらに暗い地面部分に
    なにかが大量に蠢いている。

    少しずつ、それが人間の群れだということ、
    そしてそいつらが、
    舞台手前から奥へ向かって
    はいつくばいながら
    進んでいこうとしているのがわかる。

    同時に舞台全体が
    大きく手前に傾いてくるのが見える。

    這いつくばる男たちの手が
    縄に届きそうになると、
    斜めになった舞台はさらに斜めになり、

    男たちはざらざらと、
    転がりながら舞台手前に落ちてくる。

    そしてまた、
    はいつくばりながら登り始める。

    そして、怪我をして登ることも
    できない男たちは、
    上官たちの鞭のような棒によって、
    また、無理やり登らされるのである。

    それがオープニング。

    ・・・凄すぎる。

    これ、日本で、歌手で、できますか?

    どうやって説得しますか?

    これがこの作品には必要なのだ、
    と、どうやって歌手たちに
    わかってもらえるだろう?

    「有名な演出家の言うことだから仕方なく従う」

    なんてことは絶対にしないのが
    欧米のアーティストたち。

    だから、デボラ・ウォーナーが
    「こうして」と命じたからといって
    それがそのまま受け入れられたはずがない。

    演出家が、
    己の世界観を
    演者に「演じてもらう」ために
    「説得する」
    という作業がどれほど大変か
    わたしはよく知っている。

    さらに!

    指揮者は、この乗組員たちの、
    転がり落ちる音、呻き声、
    足音、鞭の音、罵声などを
    そのまま音楽と共に聴かせている!

    「雑音で音楽が壊されてはいけない」

    なんていう指揮者はいないのである、
    もはや、世界トップレベルには。

    いやもうオープニングだけでノックアウトでした。

    これはこのオープニングを見るだけでも価値がある、
    これだけでも、ソールドアウトになるわ。

    作曲家のブリテンはイギリス人なので、
    歌詞も英語。

    (原作は『白鯨』の作者アメリカ人の
    ヘルマン・メルヴィルだとか。あー無知無知!汗)

    だから聞き取れるのだが、どうやら、
    フランスとの海戦の時代、
    軍艦のうえで、
    フランス軍の船がそばを通りかかるのを
    ひたすら待つ、という戦略のもと、

    何ヶ月ものあいだ、
    男達だけでその船の中で、
    厳しい厳しい上下関係に縛られて、

    下士官たちは、それこそ
    旧日本陸軍とおなじくらい
    心身共に劣悪な環境の中で過ごす。

    その辛い生活が、
    オープニングで
    登ろうとしては転がり落ち、
    鞭打たれる乗組員の姿、
    として表現されたのだ。

    だから誰も乗船したがらない。

    だが、上官たちは
    船底で船を動かしてくれる男を、
    嵐の中で帆を張ってくれる男を、
    大波の中でマストのてっぺんに登ってくれる男を、
    そしてフランス軍と戦って命を落としてくれる男を、
    たくさん探している。

    シェイクスピアの『ヘンリー4世第2部』で
    フォルスタッフが村のへなちょこどもを
    リクルートする場面のような、

    どうしようもない男たちが
    面接にやってきては、
    やっぱりなんだかんだと理屈をつけて
    船に乗らないことにするコミカルな場面で始まる。

    そこへ、ひとりの
    めちゃくちゃ明るく、元気な、
    命を国のために捨ててやるぜ!と
    美少年がやってくる。

    それがビリー・バッド Billy Budd 。

    誰からも愛され可愛がられ、
    彼のいるところだけ太陽が輝くように
    キラキラする。

    船底で嵐の恐怖に怯える友のところへ行き、
    一晩中抱きしめてやり、
    懲罰の痛みに呻く友のそばに一晩中付き添ってやり、
    上官たちもかれを可愛がった。

    中でもひとり、彼を密かに熱烈に可愛がり、
    優遇してやる上官がいる。

    とても厳しい男で、
    ある下級船員がなにかしでかしたかどで、
    鞭打ちの刑を言い渡す。

    それを見届けた別の船員が報告に来る、

    「鞭打たれたせいであの男はもう歩けません」

    するとその冷酷な上官は

    「歩けないのなら、這ってこさせよ」

    と命じる。

    そして・・・

    その鞭打たれた男は
    広い広いロイヤルオペラハウスの舞台の
    下手袖から下半身を引きずったまま、

    肘から上の力だけで、
    ほんとうに本当に這いながら、

    アリアをひとつ歌ったのだ!

    下手袖から出て上手袖に引っ込むまで
    長い時間をかけてアリアを一つ歌い、
    歌い終わりには上手袖に入っていくタイミングで。

    舞台芸術にかける凄まじい熱意と、
    そして
    これを毎公演演じられる体力と筋力と
    歌い切れる体幹としっかりした支えと。

    匍匐前進でアリアを歌い続けるなんて、
    ちょっと考えられない奇跡。

    ものすごいよ。

    で、ストーリーに戻ると、
    その冷酷な上官は、
    ビリーバッドの「愛」に対し
    その凄まじい嫉妬で
    ビリーを破滅させてやろうとするんだな。

    (物語のあらすじだけでは、
    いろいろな解釈ができるが、
    デボラ・ウォーナーの解釈では、
    この上官はビリーに
    情熱的にねじくれた恋をしてしまっている)

    そして悲劇がどんどん展開していく。

    いやはやいやはや。

    ブリテンもすごいけど
    デボラ・ウォーナーもすごいし
    演じる歌手も指揮者もなにもかもすごかった。


    舞台は二重になっていて、
    床全体が二つか三つに割れて、
    その床全体が、ぐんぐん登っていくと、
    その下は船倉のセットになっている。

    船倉と甲板とを同時に上下に作って、
    双方でなにが進行しているか、見える仕掛けだ。

    ちなみに、その巨大な床以外は、
    舞台面全体に降りている何十本ものロープと、
    船倉のハンモック、たまに事務机と椅子1脚、

    それくらいシンプル。

    だが、そのロープの落とす影が
    この船自体が巨大な牢獄で、
    だれもそこから抜け出せないのだと感じさせる。

    そして、揺れる床が
    かれらの心身の不安定さを物語る。

    (あのね、オペラ歌手なら
    わかるとおもいますが、
    ロープで釣ってあって前後左右に
    揺れる床の上で歌うって、
    ちょっと信じられません!!凄すぎる)

    象徴的な「もの」と演技力で魅せる。

    さすがのロイヤルオペラなのであった。

    あと、満席の客席の半分は、
    男性同士のカップルであったのもうなづける。

    そうそう、チケットを受け取ってロビーにはいるとすぐに「三輪先生?」と声をかけてきた青年がいた。

    なんと、東京芸大の声楽の学部時代に演技を教えた学生だ。
    いま留学しているのだという。
    今日は天井桟敷で1幕だけ観る、と言っていた。
    これを観たら、いろいろおもうところがあるだろう。

    体格が違うから、
    教育が違うから、と

    自分ができない言い訳をするような学生では
    ないはず。

    幸あれ!

    To be continued…