『ヴェニスの商人』のモチーフ、指輪2

『ヴェニスの商人』の敵役シャイロックが根っからの悪人ではないことがわかる唯一の鍵が、ただ1行に込められた、妻からの指輪であることを前回、お話ししました。

指輪は、『ヴェニスの商人』では重要なモチーフになっていまして、主人公の一人、ベルモント島の当主ポーシャは、愛の約束の印に、結婚相手となるバッサニオ に指輪を渡します。

“I give them with this ring,
Which when you part from, lose, or give away,
Let it presage the ruin of your love,
And by my vantage to exclaim on you.”

「私も私の財産も召使いもすべて、この指輪と共に差し上げます、
もしもこれを外したり、無くしたり、誰かにあげたりした時は、
それがあなたの愛の破滅の訪れ、
私はあなたを怒鳴りつける権利を行使しますわ」

ルネサンス時代、妻は夫の所有物でした。
けれどポーシャは、指輪がその象徴で、それが指にはまっていないとなると、
結婚は形式だけのものとなり、私もあなたを尊敬しませんからね、自由にしますから、と宣言したわけです。

【今日のライブインタラクション】
妻と夫の関係、対等ですか?

『ヴェニスの商人』のモチーフ、指輪

“One of them show’d me a ring that he had of your daughter for a monkey.”

「そのうちの一人が指輪を見せてくれたよ、あんたの娘さんから、猿1匹の代金として受け取ったと」

『ヴェニスの商人』の敵役ユダヤ人シャイロックの娘ジェシカはキリスト教徒のロレンゾと駆け落ちして、途中、ジェノヴァに立ち寄ったという報告が入ります。

シャイロックは大枚を叩いてイタリア中を探させたんですね。

ちなみにヴェニスとジェノヴァは、イタリア半島の東側と西側。
東京湾がヴェニスなら、ジェノヴァは新潟港という感じです。

ここでジェシカが、猿1匹の代金として払ったのが、指輪。

それを聞いてシャイロックは

「あの指輪が、俺が妻のリアから新婚時代にもらったもの。それを猿と交換とは・・・」

と絶句します。

私はこの科白、泣けて仕方がありません。

戯曲全体を通じてわずか1行で語られるシャイロックの過去、青春、愛。
穏やかで幸せだった新婚時代・・・

ジェシカはそれを知る由もなく、ペットの猿1匹と引き換えに、渡したのです。

指輪に込められた過去と絆と思い、それを猿と交換した娘。

もしかしたらジェシカは指輪に込められた父シャイロックの思いを知っていて、なおかつ自分が引くユダヤの血を軽蔑して捨てるが如く、指輪を手放したのかもしれません。

【今日のライブインタラクション】
自分の出生を嫌ったことがありますか?
手放したいと思ったことがありますか?

シャイロックの家族愛

前回のレッスンでは『ヴェニスの商人』では悪役のシャイロックを、娘を溺愛する父親として演じてはどうかと提案しました。

娘を溺愛すると、溺愛された娘は父親をうっとおしく思うでしょう。好きな人との結婚も反対されるのがわかっていれば、さっさと家を逃げ出したいと思うでしょう。

溺愛する方は、なぜ自分が嫌われるのか、わからないでしょう。そして裏切られたと思うでしょう。
可愛さ余って憎さ百倍、ということわざが日本にもあるくらいですから、逃げた娘のことを悪く言い、人前では、お金の方が大事だといって虚勢を張るでしょう。

私がイギリスに住んでいた頃、同じロンドン大学大学院の同級生に、ユダヤ人が何人もいました。みな、普通の格好をして、恋もするし、キリスト教徒の他の人たちと一緒に飲みに行くし、なんら分け隔てなく大学生活を過ごしていました。

その彼らに聞いた話に、家族愛について、があります。

「ユダヤ人は家族をとてもとても大切にするの。国家がないから、余計に、血の絆が心のよりどころなの。そのうえ、jewish princess (ジューイッシュ・プリンセス)という言い回しがあるくらい、ユダヤ人は一家の娘を舐めるように可愛がるのよ。ドレスに宝石、髪型、すべて両親が着飾って、なんでも言うことを聞いてしまうから、ユダヤ人の娘はものすごくわがままでおしゃれで気の強い甘えん坊になるの」

幸いにこれを知っているからでしょうか、シャイロックとジェシカの関係が、このセリフの通りに演じると、とてもスッキリ納得がいくように思われます。

皆さんはいかが思いますか?

【今日のライブインタラクション】
親が溺愛すると、子供はどうなりますか?子供の態度や気持ちは?

シャイロックを善人にするには*プロの俳優・演出家用

台風一過、お怪我や被害を受けた方にお悔やみ申し上げます。

さて、先日のメールレッスンで、

シャイロックがただの悪人にならないために、
どんな演出をしますか?

という質問をしました。

答の中には、

シャイロックが裁判で補償金を受け取ってくれればなんの問題もなかったのに!

というのがいくつかあり、しばし笑わせて頂きました。

いやはやまさにその通りですものね!

が、シェイクスピアはシャイロックに、最後まで補償金の受け取りを拒絶させます。

戯曲に沿って、シャイロックをただの悪者にしないためには、私たち観客がシャイロックに共感する必要があるのです。

私はその共感ポイントは、娘ジェシカに対する態度だと思っています。

【今日のライブインタラクション】
娘を目の中に入れても痛くないほど溺愛するシャイロックを演じてみよう。