London 2019-7 Top Girls

Camden Town で Ilan Reichel とお茶をしたあと、国立劇場へ向かう。National Theatre.
今夜(2019年5月8日)は、ここの Lyttleton Theatre という中劇場で、Top Girls を観劇するのだ。

英国王立国立劇場という名前になってしまう、Royal National Theatre.
(英国では、Royalという冠がつくときは、王家の誰かがパトロンをしているのです)

わたしたちは通ぶって(いや親愛の情を込めて)シンプルに、「National」と呼んでいる。

あ、この発音を、「ナショナル」と、ショから後をあげて読むと、日本の昭和の家電メーカーになるが、この劇場場合は、「ナショナル」と、ナの音だけ上げて、ショからあとを下げて発音する。

I was in the National.
私、昔はナショナル劇場にいてね。

となる。

お写真は、Wikipediaから著作権フリーのものを借りてきたのだが、これを観てもわかるように、どこから撮影していも絵にならない、見た目は超絶悲しい劇場である。

ロンドン観光の中心であるピカデリーサーカスやレスタースクウェアからすぐの橋で、テムズ川を渡った対岸にある。

その橋の名は、Waterloo Bridge.

私より上の世代の人は知っている、『風と共に去りぬ』で主役を演じた Vivien Leigh ヴィヴィアン・リーが主演した大ヒットした『哀愁』の舞台になった橋である。

『哀愁』の原題が Waterloo Bridge と聞き、最初の留学で、初めてこの橋にきたときは、冬の霧の中に、ぼうっと街灯が光る静かな佇まいにめちゃくちゃ感動して、一気に不思議な世界にワープしてしまったものだ。

一方で、このWaterloo Bridge の下は、巨大なロータリーになっていて、そこに浮浪者(これは放送禁止用語ですか?ホームレスと同じ意味です)が段ボール箱を開いてマイホームを作り、暖をとり、一種の小さな独特の地域社会を構築していたので、段ボール箱市 Cardboard City とわたしたちは呼んでいた。

つまり、当時1990年代は、Wwaterloo駅を使わない限り、カードボードシティを通って芝居を見に行ったわけで、それだけでも大冒険だったのである。
Royal National Theatre (NTと記す)は、巨大な複合劇場体(劇場コンプレックス)で、演劇の劇場が、大劇場の Olivier Theatre中劇場の Lyttleton Theatre靴箱型で客席稼働型の Dorfman Theatre (私が住んでいた頃には Cottesloe と呼ばれていた)の三つがある。

ほかに、もちろん各種稽古場、録音スタジオ、衣装作成、小道具作成、大道具作成など、全部が一挙にここで作り上げることができる仕組みになっている。日本の新国立劇場もずいぶんこの劇場スタイルを研究したと思われる。(新国立劇場の三つの劇場は、NTのスタイルとそっくりなのだ。ただし、新国立劇場の場合は、大劇場はOlivier型ではなく、フランスのバスティーユオペラハウスに近い、演劇のためのというよりも、オペラのための劇場になっている)

さてさて、この日は、Top Girls(邦題『トップガールズ』).

これは、Caryl Churchill (キャリル・チャーチル)という名の劇作家の作品である。

あらすじは、一人の女性マルレーンが管理職に上り詰めたことに対する社会の目を歴史的に振り返りつつ、現代でも、それを過去のことと言えるのか、という問題提起になるような、
そして、いかにもイギリスの作家らしく、
コメディセンスたっぷりの、笑える場面の連続で、描かれる。
(イギリスの芝居の凄いところは、どんなに辛い設定も、笑える台詞で成り立っている、観客は笑いながらシリアスな問題を考えざるを得ないところに持っていかれる、という構造がある点なのだ。これは本当に私たちも見習ったらいいと思うし、わたしもそのように作品を描きたいと思う)

第1幕は、歴史上、トップに上り詰めた女性たちが、たくさん登場する。みんな、マルレーンが大会社の社長に就任したことを祝うパーティーに来てくれたのだ。(すごい設定でしょ)中には、性を隠してローマ教皇になった女、中世の騎士の時代に女だてらに騎士であった(ワルキューレみたいな)女、物語の人、実在の人、伝説の人、などいろいろ出てくる。中には日本の女性もいる。Nijo (二条か)と呼ばれる。

この Nijo の発音練習を、わたしの姉が頼まれた。姉はロンドン大学日本語学部で助教授をしている。というか、ちょうど始めたところで、そこへNTから依頼があったのだ。

わたしもすぐに Top Girls って知ってる?と電話をもらった。Top Girls は、わたしがロンドン大学 Royal Holloway College の大学院にいた頃、舞台美術の課題で取り上げられた作品だ。(それくらいイギリスの演劇界にとって重要な作品)。
姉がその俳優の発音コーチをするなんて!
というわけで、その成果を観に行ったわけです。なつかしー!!

ちなみに、こんな高さのある客席なのに、マイクをいれないせりふが丸々きちんと聞こえてくるの。しかも、怒鳴ったり、前向き芝居でなく、シンプルに相手に伝えているだけで。これぞ俳優のスキルなんだよ、みなさん!(劇場がセリフ劇専用にしっかり音響を考えて作られていることも大きい)

さて、第2幕は、マルレーンに憧れる彼女の姪 Angie の話になる。この姪、いささか社会性がなく、現代ならすっかり不適応症の診断がくだりそうな子。マルレーンのことを実の親のようにしたい、あなたのようになりたい、と熱望する。マルレーンは笑顔でそれに対応しつつ、アンジー本人のいないところで、あの子には無理だと思う、と感想を言う。(ここに、本人の可能性を他人が潰してきた歴史が、男性対女性だけでなく、女性が女性を潰す、ということにもなるのだ、という問題提起がある)。

ラストシーンは、アンジーが、一人、台所に入るドアのところで、部屋にも戻れず、台所にも入れず、外にも出て行けず、「怖いよ、怖いよ」と言う(呟いてもいいし、叫んでもいいし、泣いてもいいし、そのあたりは演出で。ここにも、部屋という過去の自分を守ってくれていた状態と、台所という女が社会的に押し込められてきた場所と、外という現実または冒険と夢、のどこにも行けないという象徴がある。こういうのを読み解いて観客に感じてもらうのが演出家の仕事)

素晴らしかったなあ。

留学時代に台本だけで呼んでいた時は、辛い芝居だなぁと思ったのに、この人たちはなんて軽やかに演じるんだろう!!

ちなみに、こんな高さのある客席なのに、マイクをいれないせりふが丸々きちんと聞こえてくるの。しかも、怒鳴ったり、前向き芝居でなく、シンプルに相手に伝えているだけで。これぞ俳優のスキルなんだよ、みなさん!(劇場がセリフ劇専用にしっかり音響を考えて作られていることも大きい)

イランは、カムデンから、ナショナルまで、じゃあ送ってきてくれた。ありがとう!

To be continued…

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