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タグ: 演技

  • 満足の違い

    満足の違い

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    前回のライブインタラクションに関して、たくさんの反響をいただきました。ありがとうございます。

    今日憶えたい科白

    さて、今日は(も)憶えたい科白を『ヴェニスの商人』から。

    I am content.
    「私は満足です」

    シャイロックがアントニオの肉1ポンドを諦めた後、死刑になりそうなシャイロックに対し、アントニオが情をかけたのです。
    ただし、それは当時のキリスト教社会の常識に照らしたもので、本当にシャイロックのためになるかどうかはわかりません。
    だって、ユダヤ教をやめてキリスト教徒になるように、というのがアントニオがかけた情の条件だったのですから。
    でもシャイロックは言いました。

    I am content.
    「私は満足です」

    この言い回しは、私の知っている英語の現代劇の台本の中にもなんども出てきます。

    satisfyとcontent の違い

    同じ「満足」でも、中学英語で習う方の satisfy との違いは、
    satisfy は積極的に満足、ありがたいほどに満足、充足感と満ち足りた満足。
    content は、それなりに満足、まあそれでいいか、身の丈満足。

    【今日のライブインタラクション】

    あなたは人生にsatisfied と content のどちらを求めますか?

  • 舞台『私は太田、広島の川』

    舞台『私は太田、広島の川』

    清らかで明るい希望と感動を届けてくれる
    舞台公演をご覧になりませんか?

    広島がヒロシマになった日のことを、

    アメリカの大統領執務室の歴史的会話記録と、
    広島に住む年若い姉弟の会話と、

    そして肥沃な広島デルタ地帯を作った
    太田川が美しくのどかな風景を語る、

    フランスで賞をとったお芝居。

    フランス政府から芸術文化勲章をいただいている
    演出家・翻訳家の岡田正子先生に選ばれ、

    三輪えり花が太田川の精霊を演じます。

    ぜひシェアしてください。
    本当に素晴らしいお芝居。

    私も心して、穏やかで悠々とした太田川に挑戦しています。

    (さらに…)

  • 身振り手振りは何のため?

    身振り手振りは何のため?

    舞台での身振り手振りは大げさで、リアルじゃない。

    現実のスピーチで使えと言われるけど不自然になり、使うと大げさな気分になる。

    では、身振り手振りは何のためにあるのでしょう?

    前回までのレッスンで、他者の身振り手振り、自分の身振り手振りを観察してみましたね?

    (過去のレッスンはこのブログから)

    すると、私たちは日常の会話ではかなり気楽に大きく身振り手振りを使っていることがわかります。気を許すほど、身振り手振りが大きく頻繁になることもわかりましたね?

    どうしても相手にわかってもらいたい時、身振り手振りを私たちは使います。

    私たちが自分の脳内を整理するためにも使っています。

    何か単語を忘れた時も、どういう言い方をすれば良いかを考えるときも、言いたいことやビジュアルの「なんとなく」は脳内にあるのに、単語や言い回しを思いつかなかったり、工夫している時、身振り手振りが生まれます。

    つまり、身振り手振りというのは、言葉になる直前の脳の働きがそのまま発露しているものなんです。

    私は、自分の考えは手のひらに乗っている、と捉えています。

    手のひらには、目には見えない「考え」が乗っている。

    手のひらにそれを乗せながら、その話をするのです。

    あなたが話したい内容、伝えたいものを、ただ脳内に思い描いてごらんなさい。

    それから話し始めるのです。

    そうすれば、実に自然に身振り手振りを使うことができます。

    日本人社会ではなく、国際人が多い舞台では、とても必要な身振り手振り。

    大げさなことをしているのではなく、日本社会では抑圧されている自由さを取り戻して「自然」でいられることを謳歌して使ってください。

    【今日のライブインタラクション】

    手のひらに考えを乗せて喋ってみよう

  • 声は自然が一番

    声は自然が一番

    こんにちは、三輪えり花です。

    東京は、きのうの寒い雨が過ぎて快晴となりました。

    今日は、声について。

    声は自然が一番。
    むりに作ってはいけません。
    自然というのは、心の動きに任せて、
    という意味です。

    大きく感動すれば声も自然とそうなる。

    怒れば怒鳴るし、
    相手を説得しようとすれば、
    それに従って声が変わるもの。

    声を無理に作ってしまうのは、
    相手とインタラクションしたいというより、

    自分はこういう風に見られたいのでそう見てね、
    という自己主張の押し付けに過ぎません。

    さて、ここからはプロの実演芸術家向けです。

    6月のシェイクスピア遊び語り『オセロー』は
    感情の放出がものすごい。

    でも、それを自然に任せていると、
    一回で声を潰してしまうでしょうし、

    お客様はかえってドラマの論点を見失ってしまい、
    ただうるさい怒鳴る芝居だったね、

    という感想しか残らなくなるでしょう。

    作らずに自然で
    かつドラマの構成で観客を惹きつけるには?

    【今日のライブインタラクション】

    自然な心の揺れで自分の声がどうなるか、観察してみよう

    追伸

    舞台の上で自然かつドラマの構成を
    意識して組み立てられた感情の放出を

    英国の演技術ではどうしているか、
    実際に見て体験できるチャンスがあります。

     興味のある方だけ、どうぞ!
  • 舞台での演技 せりふのない時間の使い方

    連続してお伝えして来た、舞台での演技シリーズ、今回が一応最終回です。
    舞台でせりふがない時間の使いかたですので、舞台での演技が必要のない場合はスルーしてください。
    良い戯曲には、せりふがたくさんある登場人物もいますが、せりふのない時間も多くあります。
    本当は、せりふのない時間の演技がいちばんたいへん。
    休んでいいわけでもないし。
    せりふを言っている限りは、することがあるので、そこに集中すればよいだけです。
    が、せりふがなければ、いったいなにをして時間を潰せば良いのでしょう???
    登場人物像を深めればいいのです!
    たとえば、ある題材の女性二人は親友同士。
    そして、あるのいたずらを仕掛けた相棒同士でもあります。
    交わすセリフはなくても、視線を交わすことはできますよね。
    書かれていないからといって、してはいけないわけではないのです。
    自分の演じる登場人物は、誰とどんな関係にあるのか、その話題をどれほど共有できるのか、などなどを考えてみてくださいね。
    【今日のライブインタラクション】