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  • アイルランド50代女一人旅 6:世界遺産モヘーの断崖

    アイルランド50代女一人旅 6:世界遺産モヘーの断崖

    2022年10月6日 アイルランドの西の街ゴールウェイ Galway は、雨 ははは。

    ダウンの二枚重ねと雨ガッパと傘決定。

    今日は、ワイルド・アトランティック・ウェイ 訳して「豪快でワイルドな大西洋岸の絶景ロードを行くぜ」です。

    ツアーバスに乗るまでのヤキモキ

    GoPro の自動アップロードが終わるのをヤキモキしながら待って0850にホテルを出て0930出発のツアーに乗るために Manchester通りへ向かう。

    バスは既に来ているようだったので、案内係に予約番号を見せると
    「キンレイホステルでチェックインしてくれ」
    とのこと。
    が、キンレイに行くと
    「別の会社だから。外の横にあるから」。
    が、「外の横」には何もなく。
    再び、外でウロウロしているバス関係者に尋ねると
    「バスの中にボスがいるからそこでチェックして」
    と。
    苗字を言っても通じない。いや、あなた、聞く耳なくね? 

    「何時のバス?」
    「9時半。」
    「じゃあ次だからそこで待ってて。」

    そこで待ってると、なるほど、その9時のバスは出発し、次のが来る。

    しかし、いくらそのバスの係員に苗字を言っても通じない。なぜに?
    そして、私のファーストネームを訊かれる。
    ・・・なるほど、彼らにとっての名前はファーストネームなのである!
    苗字じゃなかった・・・。

    こうしてやっと、すぐ後ろの小さめのバスに案内され、幸い先頭の席に座れる。この時点で、0919。
    ほらね、早くにやってきてよかった。

    ツアー開始 オランモア城

    このバスは、Wild Atlantic Way と名付けられた、アイルランド島の大西洋岸の崖っぷちの道を走るのである。
    このツアーを選んだのは、2022年12月に上演する舞台『出られないふたり』と『月が昇れば』に登場する町を通過してくれるから。

    ドライバーは、まず、Oranmore 城が見られるようにルートを辿ってくれた。本来なら、最初の目的地 Dunguaire 城までまっすぐ行くのだが、天気が回復しそうなので、近くを通ろう!と言って方向転換してくれた模様。

    なるほど、飾りのない、要塞のような、四角い城だ。きっとこれがアイルランド風というのだろう。イギリスでは、スコットランドの西ハイランドにある古城に少し似ている。これほどに飾りがないのは見たことがない。このあと、このタイプのものが度々視野にはいり、これが中世アイルランドの城なのだと認識する。


    緑と石垣のアイルランド大西洋岸

    Clarinbridge (クラリン橋)という地域は、牡蠣で有名とか。牡蠣好きとしてワクワクする!

    Kilcolgan(キルコルガン)を通過しながら、いろいろアイルランド語も紹介してくれるドライバー。たとえば、教会は Colgan と言うんだって。

    Ballinderreen (バリンデリーン)この村は、氷河期のち紀元前2000年頃から存在するとか。名前は、樫と岩というアイルランド語。地図をよく見ると、セント・コールマン教会もある。『出られないふたり』には、「今日はコールマン様の祭りの日だってのによ」というセリフがあったっけ。

    まさに芝居『出られないふたり』のキャラクターたちが豊かだった頃に住んでいた様子とそっくりの二軒屋

    胸の高さほどの石垣が連なる様子は、イギリスのコツウォルズから湖水地方にかけてと似ている。

    あれは元々シェイクスピアのいた16世紀、羊毛生産のための「囲い込み」で各農家が石を積んで塀を作ったことでできた。その時代にアイルランドもイングランドの支配下に強く置かれたから、その影響もあるのではないか。

    イギリスと同様、その家の持ち主が手で積むので、それぞれに特徴がある。石の隙間に鳥が巣を作り、石の隙間に野薔薇や野苺や黒スグリ(ブラックベリー)やブルーベリー、ラズベリーが生えて、石垣はどんどんしっかりしてくる。しまいには石垣であることがわからないくらいになってしまう。素敵だよね。

    牛がいる。馬がいる。

    昔イギリスに住んでいた頃は、アイルランド人で馬に乗れない人はいない、と聞いたことがある。が、いまはどうだろうね。時間があれば馬にも乗りたいところだ。

    小さな岬にポツンとダンガイア城

    走行するうちに、最初の目的地、Dunguaire Castle (ダンガイア城)到着。

    下車20min. 曇 やや風。バス案内には、無料と書いてあったが、それは城の中庭までで、城内は8€かかります。

    GoProを石垣に置いてセルフィー

    波打ち際の高台に建つ四角い城。

    波打ち際と言っても、砂地ではない。磯とも違う。

    浅瀬で、一面ゴロゴロした岩場で、それらの岩に海藻がびっしりと生えている。なかなか見たことのない景色である。

    この海藻は食べられるのだろうか? 食べられるのだとしたら、取り放題なので、誰かが拾っているはずだが、その姿はない。ウェールズでは海藻を食べる。海のケルト文化なら海藻食もあるだろうに。市場などへ行ってみないとわからないな・・・。


    氷河時代の岩の土地 バレン

    ここが終わると、左手に、白い丘が見えてくる。
    白というより、灰色だ。岩ばかりの丘。クレア県に入りました。


    『出られないふたり』では「クレア・ゴールウェイじゃよ〜」というセリフが何回か出てくる。かつては、クレアとゴールウェイは、ひとつの県または地方だったのかもしれない。

    が、ゴールウェイは緑がいっぱいの緩やかな土地なのに、クレア県は、岩ゴロゴロだ。緑がその合間に点在していると言ってもいいくらい、岩だらけ。


    これは農業は大変だ! 
    ぜひ、一度、Google Map の衛生写真を重ね合わせて見てみてください。

    このあたりは、Burren (バレン)と呼ばれる。アイルランド語のBoireann 「岩だらけの土地」という意味。


    丸く置き去りになったような巨大な岩は、氷河が運んできたもの。

    17世紀か18世紀のポルトガル大地震で津波がきて、それでできた湖を通る。なるほど。

    バレンの丘の石垣は瀕死の大行進の軌跡

    岩しかないバレンの丘にも、ずっと細く石垣が上へ上へと伸びている。

    私は、こんな岩だらけの土地でも羊の囲い込み用の石壁を作るんだなあ、とぼんやり外を眺めていた。

    すると、ドライバーが、とんでもないことを教えてくれた。

    山を這うように細く筋が入っているのが、飢えの石垣

    「左手の延々と連なる岩だらけの山(日本人的には「丘」だが、彼らには「山」であるようだ)に、石塀がずっと高いところまで巡らされているのがわかりますか? あれは、

    飢饉壁 Famine Wall

    と言ってね、19世紀のアイルランド大飢饉のときに、食も職も失った人たちが作ったものなのです。

    ジャガイモ飢饉と酷いイギリス

    19世紀半ば、アイルランド全土で、ジャガイモが病気にかかり、育たず腐ってしまうことが何年も続いた。

    アイルランド人はジャガイモが主食だったので、食べるものが無くなってしまい、大勢が飢えて死んだ。

    弱って働けなくなり、土地代が払えなくなると、小作制だった農民たちは、農地を追われてしまった。

    イングランド政府は、救済に乗り出した。

    ただし、働かざる者食うべからずの原則で、
    「仕事を世話しよう、そして給料をやろう」
    とこのあたりに、飢えて痩せ細った男たちを呼んだ。

    彼らに与えられた仕事は、この丘に石垣を積め、というものだった。

    羊を飼うわけでもない。食べられるような草は生えないから。

    寒風吹き荒ぶ中、あるいは激しい雨粒が打ち付ける中、あるいは乾いた夏の日差しの中、痩せさらばえた男たちは、急斜面の岩場にくたくたになった足を運び、なんの意味もない石積みを黙々と続けた。丘の上の方まで。

    そして降りてきた時には、「今日は払えねえよ」と一銭ももらえずに帰されることもしばしばだったのだ。

    『出られないふたり』では、「昔は豊かな土地だった・・・」とのセリフがある。あのキャラクターたちは、このジャガイモ飢饉で救貧院に入らざるを得なくなった者たちだったのだ。

    救貧院に入る人たちと、壁を積む人たち。そして路傍で野垂れ死んで行く人たち、女たち、子供達・・・。

    そういえば、Dunguaire Castle の駐車場にも、Famine Sculptures 大飢饉彫刻 という看板が立っていた。


    イギリスとの関係が薄まるにつれ、大飢饉がどんなに悲惨だったか、やっと公に光を当てようという機運になってきたのかもしれぬ。

    『出られないふたり』のレディ・グレゴリーは、救貧院で明るく生きているふたりを描いたが、そのふたりの心の闇は計り知れない。救貧院には明日、向かう予定なのだが、まさかこのツアーで、ジャガイモ飢饉とその苦しみについて学ぶことになろうとは!

    のどかな浜辺町 バリーヴォーン

    ジャガイモ飢饉と芝居について思いを馳せるうちに、Ballyvaughn (バリーヴォーン)に到着。この地名は『月が昇れば』に出てくる。

    バリーヴォーン出身の警官(イングランド体制側)がリムリック近くの崖で愛国主義者(アイルランド独立派)に惨殺されたという噂が語られるのだ。

    なるほど長閑な海辺の田舎町。住みやすそうなところ。

    そこから海岸沿いの崖の道を通る。

    妖精専用の教会

    「アイルランドは妖精の国だ。妖精は人間と同じように生活している。教会にも行く。この辺にはほら、レプラコーンが大量に住んでいるので専用のカテドラルを建てたんだ」

    ドライバーがそう言って左手を示すと、そこには小さな小さな、屈まないと入れないような教会が。後から調べると、これは The Pinnacle Well と言って、湧き水系の泉(いわゆる spring)があり、それを聖なるものとして囲っているのだそうだ。

    灯台と貯水箱と

    次は、Black Head (黒頭)灯台を通過。タイタニック号を作った船会社が、アイルランドー北米航路で、ずっと北にあるベルファストを出航して、ゴールウェイに立ち寄る際、バリーヴォーンが、大きな船を停泊させるには良い港で、そのために灯台を建てたのだって。

    たまに見かける、四角い石造りの囲いは、雨水を貯めるための貯水箱の役割。地面は石だから、地面を固める必要はないのね。

    バレンの崖登りと断崖スポット

    そこから、崖登りができる狭いところにミニバスを停め、岩に登ったり、海に落ちる岸壁を眺めたり。

    まず、岩に登る。
    狭いところに足をかけて、ぐんぐん登る。一人旅は、このバスツアーの中でも、私だけ。人目を気にせず、ぐんぐん登る。が、行き先は果てしない感じなので、適宜諦める。

    そして、むしろ、降りる時の方が大変なのであった。
    ほぼ垂直の崖を、斜めに岩の間を伝って登る感じ。
    あとで調べたら、ロッククライミングのスポットでもあるようだ。


    そして、降りたら、今度は、さらに人目を気にせず、どんどん海の崖っぷちへ。

    江ノ島や三浦海岸には岩棚があるが、あれがものすごく広大で険しくて、そして海からの高さが数十メートルあると思ってみてください。

    垂直です。
    立ち上がると強風で極めて危険なので、岩に這いつくばって、海を覗き込むのである。

    これは、そうしている私を離れたところから撮影してもらうのが一番なのだが、一人旅なので、GoPro自撮りのみ。

    いつ雨が降るかわからないので、岸壁に寝そべって下を眺めるには最適だ、とやってみる57歳なのである。

    今日の目的地のモヘーの断崖でもできるかもしれないし、三日後のイニシュモア島でもできるかもしれない。でも天候がこれだけ定まらないなら、できる時にするべし! 

    そして、断崖のてっぺんの少し平たくなっているところに寝そべって、海を覗き込む。わ〜〜〜〜〜!

    あとからGoPro画像をチェックしたら、怖さの興奮で、自分ではすごく長い時間だと思ったけど、ほんの数秒でしかなかった・・・。(GoPro動画系は、TouTube チャンネルに掲載します)

    この The Burren は、飢饉壁に打ちのめされたけれど、植生が北極圏で、大地も北極圏を形作っているのと同じ古いライムストーンで、氷河が流れた際に表土を全部持って行ってしまい、土のない、岩だけの大地になってしまったという。

    あとから調べると、もっと上の方には、巨石文化の「巨人のテーブル」のようなものもあるそうだし、洞窟や泉もたくさんあるそうで、ここは天候の良い季節にいろいろ歩いてみたいと思わせる興味の宝庫みたいなところです。

    アラン諸島への玄関口は物凄い荒海

    次に通過したのは Doolinドゥリン。

    ここは演劇で有名だったんですって。いまは音楽の街になっているそうな。演劇で有名って、何をやっていたんだろう。いろいろ知りたいことがたくさんある。

    次にバスを降りたのは、ドゥリン港 Doolin Pier 断崖の見られる浜。すごい風と波。10月に入ったばかりなのに!
    ガイドさんによると、夏はここは港として使うのだが、秋には、すぐに波がこの一帯にある岩を全部駐車場へ打ち上げてしまって、毎年、春になるとその片付けが大変なのだとか。

    怯えているmw 遠くに見えるのがモヘーの断崖

    え、週末はこの海を渡ってイニシュモアへ行くんだけど、え、これ、船、出るの?

    こ、怖い。怖すぎる。
    荒海じゃないか!
    アイルランドまで来て死ぬかもしれない・・・。

    今まで、荒れた海を見ても、風情があるなあ、とかドラマチックだなあ、と思っただけでしたが、いざ自分がこの海に乗り入れるのかと思うと、途端に恐怖が込み上げてきました。

    水平線が波で盛り上がっているのです。

    水平線というのは眼下にあると思っていましたが、こんな海では違います。もりもりと盛り上げてはものすごい勢いで、かつ不規則にごおごおと波があわ立ててはやってきて、一つ前の波を飲み込んでいきます。

    ここは、港なんですよ。ここから船がこの波を越えて外海へ出るのはもはや不可能でしょう。ちなみに、9月いっぱいまでは、この港は、アラン諸島への港として機能しています。今日は10月6日。10月に入ったとたんにこんなに荒れるのでしょうか。恐るべし。

    パブのランチ

    ドゥリン・ホテルでランチ。


    美味しそうな魚のメニューを頼見ました。が、到着してみると、ただの fish and chips であった。

    食べ始めてから写真を撮るのをやめよう


    私は結構遅れてレストランに入ったのだが、これが一番先に来た。他のツアー客はどんなメニューを頼んだんだろう?チャウダーとか蟹サラダとかのようだ。なるほど。この fish and chipsは、このあたり特産のドゥリンビールの衣で揚げてあるんですって。再度メニューは、グリーンピースのマッシュ。そういえば、イギリスでもMashed Pea はありましたけど、あまり食べなかった。ここのは美味しかったよ。

    ここは U2のBonoも来たことがあるんだろうか?それともただのファン?
    写真が飾ってありました。

    全景


    45分の食事タイムのはずが、なぜか1時間になったので、ゆったり食事できました。

    世界遺産モヘーの断崖

    そしてついに、本日のメインイベント、モヘーの断崖。Cliffs of Moher。


    Moher というのは、ゲーリック語で「廃墟になった城砦」という意味。
    そう、どこにあるものでも、Moher.
    ここでは崖の上にポツンと立っている a moher がそのまま名称になったようです。
    散策時間は2時間。雨が降ったらおしまいだと不安が募るが、奇跡的に風のみ曇。バス停にはウクライナの旗が立っていて、ヨーロッパ大陸の北の端の島からウクライナを応援する気持ちを示しています。

    バス停から断崖までどうなっているかというと、ちょうどこの辺りは、海に面した崖が内陸側へ向かって下りのスロープを作っており、さらにそのスロープは、内陸側でまたちょっとした崖を形成しています。そのため、海と内陸部分の間に、自然の巨大な城壁があるような形状になっているのです。まさに天然の要塞です。高い崖が海との境にあるので、ここは風も強く無い。そして、崖の中がくり抜かれて、そこに切符売り場や、博物館や土産物屋がはいっているの。なんて合理的!!

    そして、崖の上にでて、たった一人でテクテクと海沿いをあるきます。


    ものすごい風です。

    遊歩道と崖の間には柵があります。

    柵も、崖の石を削って積み上げられた感じです。柵の向こうにも古い遊歩道が見えるので、おそらく世界遺産に指定される前はこの柵もなかったことでしょう。そしてかなりたくさんの無謀な若者が、風に吹き飛ばされて崖下へ落ちたことでしょう。いえ、むしろ最近の方が、インスタ映えするセルフィーやYouTubeを撮るために、この壁を越えてわざわざ危険な先端で撮影をして落ちて亡くなるかたは年々増えているとも聞きました。けれど、この塀の内側にいれば安全ですし、一方で十分危険を味わえますし、そして大変に美しい写真も撮れます。くれぐれも塀を乗り越えないようにね。

    一枚ずつすごく綺麗に撮れているので、ぜひクリックして大きくしてENJOY!



    と言いつつ、塀が途切れているところもあり、と、私も知らぬ間に塀の外を歩いている自分に気がつきました。がくぶる!!

    一体どこで塀から離れたのでしょう。
    そのまま風に煽られないかとビクビクしながら、また塀のなかに戻るポイントを探します。が見当たりません。遊歩道との堺を作っている石垣はもう切れ目がないのです。

    仕方がないので、塀をよっこらしょと跨いで乗り越えて、遊歩道に戻ります。まるでルール違反をした人のように。ルール違反したんじゃ無いのよ〜。知らないうちに出ちゃっていたのよ〜。

    この遊歩道の最終目的地は、Hag’s Head です。でもかなり遠くにあるのと、戻る体力を考えて、半分くらいのところで引き返したのでは無いでしょうか。あそこまできっちり歩くぞ、と思うなら、それなりの装備をして、自分のペースで歩けるように、そして一人きりではなくチームを組み、準備すべきかと思います。

    こうして、11200歩以上歩きました。

    あとから博物館へ入ると、生態系の解説や崖の成り立ちなど興味深い説明がたくさんあります。
    ほお、パフィンがいるんですね。
    Puffin というのは、スコットランドのずっと北の離島に住んでいることで有名な、鸚鵡のような嘴のカラフルなかもめです。今日は飛んでいたのかもしれませんが、私には、割と一般的なカモメ二種類しか見つけられませんでした。

    土手の中の土産物店は暖かく、充実していて、クレア県の手作り石鹸をお土産に買いました。

    緑なす谷間のアイルランド

    帰り道は内陸を通ります。

    Lisdoonvarna リスドゥンヴァーナ 
    これは温泉で有名な街だそうです。え、温泉!行ってみたい。ミシュランの星付きレストランもあるそうな。むむむ、やはりアイルランド、一年くらい住んでいろいろ車で回りたい!

    それから、お見合いタウン The Match Maker というところも通りました。まじか

    Corkskrew Hill 
    ここでは、アイルランドの谷間を見渡しました。アイルランド、緑なす谷間・・・。どこで聞いたフレーズだったか、アイルランドは緑の谷間の国なのだという想像をずっとしていました。まさにその通りの感じの場所です。良かった。


    バレンの景色をもう少し


    消える湖ターロク

    『出られないふたり』には、ターロクという地名が出てきます。地図を探すと、その名称はこの近辺でたくさん見つかります。へえ、と思いながら、ただの地名として翻訳者が訳すに任せていました。

    と、ドライバーが、右手に見える湖を示してこう言いました。
    「あれはターロク。消える湖」

    な、なに〜?

    「秋冬は、水が溜まり、湖になる。でも春から夏にかけて水が引いて、湖は消えるんだ。よく絵にも描かれているけれど、絵にある湖を探しに夏に来ても、どこにも見当たらないんだよ」

    そうだったのか!!!
    いや〜、今日は学びと発見の1日であった。

    わかります?演出家という私の仕事の面白さ。
    いろんなことが、お芝居を演出するために「おお、なるほど!」の連続なのです。
    台本に出てくる地名、ちょっとしたセリフの雰囲気、それらがこうして、ふと得られる知識で豊かなイメージになっていく。
    演出家の職業ほど面白いものはないかもしれない。

    タマキビ貝の浜辺

    『出られないふたり』のキャラクターの一人に、イングランド寄りの富豪の家にとついた妹が登場します。彼女の住んでいるのは、浜辺の町キュランロー。
    そのあたりに近いような場所も通りました。
    キュランローもきっとこんなところではないかしら。

    夕食は牡蠣

    というわけで、本日の、モヘーの断崖ツアーは、無事に終了!

    バスはGalway に戻り、私はホテルへ戻り、一休みしてから、夕食を探しに、昨日歩いた賑やかな通りへ向かいます。


    パブでは大音響の音楽がなり、大勢があつまり、騒いでいます。コロナ禍なんてどこへ?ですね。ちなみにバスの中はわりとみんなマスクをしていました。外では外しています。でもこれらのパブはみんなコロナ禍前通り!

    しかし私は帰国する時に罹患したくないし、帰国後に罹患して舞台上演ができないなんてことにもなりたく無いので、パブなど、マスクしない人たちが密集して大騒ぎしているエリアは避けます。

    すると、ちょっと高級なところになってしまう。
    というわけで、Martine’s. へ。はい、オイスターをいただきます。それから海鮮トマトシチューを。窓際の素敵な席へ案内されました。

    明日は、レンタカーをして、いよいよ『出られないふたり』の舞台となった救貧院へ、それからアイルランドの心の川シャノンの流れるリムリック(これは『月が昇れば』に登場する街)近辺で一泊し、次の日はレディ・グレゴリーの愛した住処クールパークへ、と予定を立てています。
    今日のツアーバスも、明日私が使いそうな方面への交差点を通りました。

    Good Night !