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  • オペラの演技はこうしてみよう Opera Acting Cosi Fan Tutte

    東京芸術大学でオペラの演技を指導しています。
    今年も努力を惜しまない元気な学生たちのおかげで私も刺激を受けています。

    【オペラの演技】

    『コジ・ファン・トゥッテ』の色男グリエルモが、親友の恋人を口説き落とす場面。

    ストーリーをご存知の方用です。なので、名称や設定の説明を省きます。

    今日の芸大での授業を特別に大公開。

    演者に、キャラクターを深めてもらうための質問集。

    グリエルモが1人でいるところへドラべッラが入ってきますね。
    演者は、そして演出家も、まずここで質問すべきことがあります。

    Q  グリエルモはなぜそこにいるのか?

    この質問に答えようとすると、様々なことが可能性として浮かび上がってきます。
    それらの可能性を考えると、演技のとっかかりができますし、どのような場面でどのようなキャラクターが生まれていくのか、演出家にも、よりはっきりわかってくるものです。
    あらためて考えてみましょう。

    Q  グリエルモはなぜそこにいるのか?
    A  ドン・アルフォンソと賭けをしたので、ドラを口説き落とすためにここにいる。

    いいでしょう。でも、それで、多くの演者が、フィオのことなんか忘れてドラを口説き落とすのに全力を傾けます。

    Q  でも、グリエルモはフィオのことがどうでもいいの?
    A  いえいえ。愛していますよ。この賭けだって、フィオは絶対に自分を裏切らないってことを証明するための賭けです。

    Q  あ、じゃあフィオが裏切らないことだけが証明できればいいなら、ドラを口説く必要は特にない、のですよね?
    A  いやいや、ドン・アルフォンソとの賭けで、親友同士、変装して、お互いの彼女を口説いて、彼女がなびくかどうか、賭けをしよう、というのが設定ですから、グリエルモはドラを口説く必要はあるのです。

    オッケー。ところで、これは、ドラが陥落する、ハートのペンダントの場面です。それまでもグリはドラを口説いてる。

    Q この場面と、それまでの場面との違いはなんですか?

    A  親友フェランドが、グリの本当の恋人フィオをお散歩に連れ出してしまいました。
    Q  そのとおり! グリエルモの気持ちは?
    A  悔しい。
    Q  どれくらい?

    これに答える前に、ちょっと、次の知識が必要でしょう。

    当時のマナー。

    現代だったら、初のデートでは出かける時は手などつながないでなんとなく恥ずかしそうに微妙な距離を置いて歩くだけであろう。が、これは18世紀である。貴族階級である。
    散歩?
    男性は「散歩しましょうか」と言って右肘を差し出し、女性は「はい、そうしましょう」と言ってその肘に手をかけるのである。これがマナーだから。

    いくらマナーとは言え、恋人なのに別の男性と軽々しく手を組むのは絶対に嬉しいはずがないと思いませんか?

    ここで、「いや、俺平気だから」という人もいるかもしれない。でも、私はお目にかかったことがない。欧米ではほっぺたのキスとか、ちゃんと手を添えて段差を気遣う、とか、確かにあるけれど、恋人じゃなければ、「一緒に散歩」はしません。

    よろしいですか?
    私は演出家として、

    観客にとって、どうなれば面白いか

    を考えるだけです。

    危機感を登場人物が持たなければ、観客はワクワクしません。

    予定調和で、芝居がかった人物が、嘘くせー演技をして、いったいその場にいる他の登場人物がどうしてその嘘に気づかないのか、不思議でたまらず、こんなフェイクは見たくないと言って観客が減るのが、私は我慢できないだけなのです。

    Q  もしも、18世紀のコジの世界観で、恋人じゃない人が一緒に散歩しても不思議じゃないなら、グリエルモはヤキモチをどうやって妬くんですか?
    Good Question!でしょう?
    そこでさらに質問です。

    Q  グリエルモはフィオを本当に好きなのか?
    A  はい。と思います。

    オッケー。では、

    Q グリエルモは振られたことは、ありますか?

    うむ。これは考えてみてごらん。

    A1 しょっちゅう振られている。
    → それなら、今回フィオが散歩に行っちゃっても、フツーのことで、驚かないよね。

    A2  振られたことはない。振ったことはあるけど。

    続いて質問
    Q  フィオは浮気性だとグリエルモは思っていますか?
    A  もちろん、ノーです。だから、賭けをするんだから。

    でしょう?

    振られたことがない人が、恋人が自分を裏切らないと信じている場合、自分のいないところで、別の男と散歩に行っちゃうわけ。

    どうよ?

    人間というものは、自分が体験したことがないものを初めて体験した時、それが普通の人には大したことがないものであっても、本人にとっては、大変大きな大事件、と感じられるもの。

    経験豊富な私たち観客にとって、別の男性とお散歩に行くのはそんなに大した事ではなかろうと思うかもしれないが、グリエルモにとっては、青天の霹靂だとしたら?
    その時の心のつぶやきは?

    「これはまさにドンアルフォンスに言われた、女はみんなそんなもの、ってやつか!! ありえへん」

    よろしいですか?

    お客様は、キャラクターが苦しめば苦しむほどワクワクする残酷な人種なのです。

    だから、フィオが行ってしまったのを見送ったら、ドラベッラのことは忘れて、ぜひ、

    どっぷりと落ち込んでみてください。

    これはあくまで、演技や解釈や演出の可能性を発見するためのものですから、本番でそうしろ、と言っているのではありませんよ。
    (もちろん、「これおもしろい」と思えば、ぜひ本番でも採用してください)

    で、めちゃくちゃ落ち込んでる時に、女の子から
    「うちらも散歩しないー?」
    と声をかけられると?
    一瞬、
    「あ、そうだった」
    と思いますよね。

    それから、マナーに従って、手を差し出します。
    (自分の彼女に、男が手を差し出すのは嫌だけど、自分がやるのは全然問題ない。あるある)

    Q  そのとき、フィオのこと、どれくらい思ってる? それとも忘れてる?

    これがグリエルモのキャラクターや全体の方向性に大きく影響します。

    A1  フィオのこと吹っ切って、ドラ口説きに全霊を傾ける
    →  と、グリエルモは、ただのチャラ男。(もちろん、それもあり)

    A2  フィオがフェランドと出かけていった後ろ姿が目に焼き付いていて、ドラどころじゃない。
    → グリエルモが本当にフィオのことは好きなんだ、ってことがはっきりする。

    Q  ところで、その直後のグリエルモのせりふは?
    A  「ああ、苦しい、この胸の痛み、死にそうだ」

    Q  それ、フィオのこと本当に好きだったら、本心だと思わない?

    A  言える言える!

    そうなのよ!
    「胸の痛み、苦しい、死にそうだ!」
    は、振られたことのないグリエルモにとって、フィオが裏切るはずがないと信じ切っていたグリエルモにとって、ただ散歩に行っただけかもしれないけど、グリエルモにとっては、

    リアルな可能性、めちゃ高し。

    そのあとドラに、そんなの見せかけでしょ、とからかわれて、
    「Crudele! なんとひどい人だ」
    とグリエルモは返答する。

    男「俺まじで心痛いんだけど」
    女「なに大げさなこと言ってんの」
    男「おまえ、サイテーな」

    的な感じです。

    グリエルモは心底、傷ついていて、なのにドラに「大げさ」と言われた。

    グリは真剣にドラを非難していいんだよ。

    だから、だからこそ、ドラはグリの気持ちを信じるんだから。

    (もちろん、ドラは、これは自分を口説いているからだ、という大前提で、彼の言葉を聞くので)

    面白いじゃないですか!

    まじで傷ついているグリの口から出る、真剣な言葉。真剣な瞳。
    だからこそ、ドラはグリが真剣なんだ、と確信するの。

    そこに、嘘は一つもない。

    グリエルモが、傷ついたモードから、「よっしゃこうなったら俺はドラを絶対に落としたる!」と腹を決めるのは、次のpieta の前後あたりからで良いと思うよ。

    で、モードを切り替えるときは、はっきりと、しっかり舵を切ったのが、お客様にわかるようにね。

    じゃあ、それをどうするの?
    ここで、次の質問。

    Q  そのハートのペンダントは、いつから持ってるの?

    可能性として

    A1  賭けをすると決めたとき、ママの部屋から(いやどこでもいいんだけど)こっそり持ってきたもの。

    A2  常に身につけていたもの(生まれたときの髪の毛や、あるいは無くなった母親の形見などで身につけている可能性は十分にある)

    A3 フィオにあげようと思って、持っていた

    A4  口説くプランとして、これも使ってごらん、とドン・アルフォンソから持たされた小道具。

    A4については、フェランドが何か小道具をつかう場面がないので、可能性としては、かなり低い。

    A1 だとすると、それはそもそも、ドラにあげるための小道具として用意してあった。いつか使える時に使おうと、心の準備がある。
    → だから、「さあ、使うぞー」と使う気満々でこの場面に臨む。

    A2 常に身に付けていた大事なもの。
    → ドラにあげる予定はなかった。 だが、絶対に落としてみせるとの思いで、これを使ったらどうかな、と思いつく。一方、常に身に付けていたものという感じがするので、もらったドラが「あなたの心ね」というのも真実味が生まれる。

    A3  もともとはフィオにあげるために用意していた。
    → 今日の賭けが勝ったら、結婚を申し込むつもりで、用意していたとしたら? 
    → うわー。これをドラにあげちゃうって、グリエルモのフィオへの嫉妬の炎の高さが見えます。

    これは、演劇的にも面白くできるよ。

    散歩に行ってしまったフィオの後ろ姿を見送る時に、ポケットから取り出して悔しげに眺めるとか。

    ドラに話しかけられた時に慌てて、またポケットにしまうんだけど、ドラの気持ちを受けて、ふと「へーい、ここでもうこのペンダントはくれてやろうじゃないか」と意地悪い嫉妬の炎を燃やしながら、思いつくのね。

    で、独白の時に観客に「このペンダント、もうドラにあげちゃうんだもんね」という演技を見せることで、お客さんと一緒にドラマを作っていくことができる。

    ・・・というような可能性を、授業で追求していきます。

    私の投げかける質問は、キャラクターを崖っぷちに立たせる勇気を、演者に発見してもらうものが多い。

    先述したとおり、観客は、メインキャラクターが切羽詰まっているのをお金を払ってでも観たいのだから。それが悲劇であろうと、喜劇であろうと。

    ま、シェイクスピアを読み込んでいのも、こんな風にしていくと面白いの。

    三輪えり花が俳優への質問をどんな風にリハーサルに取り入れているかを覗き見られるイベントを作りました。興味のある人は、こちら。