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バイカル日記9:イルクーツクからバイカル湖に到着する4時間を8分の動画に

前回は、イルクーツク高速道路のトイレ事情についてを述べました。この回では、イルクーツクの夜明けの市内を出発して、4時間かけてバイカル湖畔に着くまでを8分の動画にしたのをご紹介します。


https://youtu.be/dsbCW9KmtuA


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バイカル湖7:マイナス19度のイルクーツク の夜明け

そうそう、ホテル・イルクーツクで、眠りに着く前、アテンドの吉田さんがお部屋をノックして、水、お湯、トイレ、シャワー、空調などなどの不備はないかを確認しに来ました。

もう夜中だというのに、ご苦労様です。

そして今朝は、6時に、またもお部屋をノック。ホテル内電話が不調だそうで。こんなに短い睡眠時間で大丈夫なんでしょうか。

夜明けは6時半ごろとのことで、まだ真っ暗です。

スマホを見ると、マイナス19度。


先に朝ご飯を食べてから部屋に戻って出かける準備をしたいので、まず食堂へいきます。

エレベーターホールには、19世紀ごろのイルクーツクの絵(版画?)と、ウォーターサーバー。
これで常にお湯がいただけるようになっています。もちろんお部屋にも湯沸かし器があるのですが、水道の水を湯沸するより、このウォーターサーバーを使う人が多いようです。

朝食は、ロシアンパンケーキの写真だけ。ビュッフェですが、欧米のホテルの豪華なビュッフェを想像するとがっかりします。
まあ、ヨーロッパでいえば、五段階の三つ星くらいかな。

でも、どこで何を食べても、美味しい!と思えるわたしには十分。
これはロシアン・パンケーキ。
右はクレープ系。
左は丸っこくてもちもちしていて、なかなか美味しかった。

お部屋に戻って、見た夜明け!!

真ん中に三日月!右の方にワクワクする観覧車。

さらにカメラを右へ動かすと、ロシア正教の教会が見えます。

いいよねえ。いいよねえ。いいよねえ。

そして下を見ると、凍らない川、アンガラ川から霧が立ち上っているのが見えます。

霧が立ち昇る風景というのは人間をなんともいえない原始的な畏怖の念に立ち返らせる。

では、歯を磨いて、バイカル湖へ向けて出発です。

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バイカル湖5:ソヴィエト時代の回想

トランジットのためのパスポートコントロールが済むと割合すぐに乗り継ぎ便に。

ここのところ睡眠不足だったので、くったりと寝ていると、食事の時間になった。

ドリンクが先に運ばれて、またもトマトジュースと、水も頼んだ。

それを下げられてしまうと食事。

チキンと魚とパスタというメニュー。

どれも惹かれるが、先月の健康診断で悪玉コレステロールが基準値越えという、三輪えり花にあるまじき結果がやってきたので、ここは魚にする。



アルミの熱くなった容器に魚は、カジキマグロのグリルにチーズとにんじん玉ねぎのソースがけ、炭水化物は白米。

ほかに、パンが2種類とマフィンの入った紙箱。
カトラリーもここに入っている。

丸パンの渇き具合には参ったが、あとはなかなか美味しい。

わたしの良いところは、ほとんどの食べ物を美味しいと感じて幸せにいただけること。

それにしても食事中に水分がないのには困った。

さすがに食後にはドリンクがやってきた。
珈琲と炭酸水で、チョコチップマフィンを食べる。

成田からイルクーツクまでの動画はこちら

ロンドン大学の大学院に留学した頃はまだソヴィエトだった。

祖母の危篤で一時帰国した際、アエロフロートを使った。

成田からモスクワへは機内食は問題なかったが、モスクワからロンドンへの便で出た機内食の白米は、ガチガチに乾いていて食べられたものではなかったのを思い出した。

飛行機から降りることは許されず、給油と食糧補給のみ。

3月とはいえモスクワは雪に閉ざされ、機内の窓から下を見ると、粉雪が強風に煽られ舞い散る中を、第二次大戦の頃と変わらぬカーキの分厚いコートに身を包み、機関銃を肩から下げたソヴィエト兵が、巡回していた。

聞こえないはずのその足音まで聞こえる気がした。

遠い昔だ。

ロンドンに渡ったのは、ベルリンの壁が落ちた年。
たしか壁が8月13日に落ちて、そのひと月後だった。

東西ドイツが、あれよあれよという間に、誰も想像しなかった速さで、新年1月5日には統合した。

次の夏にはわたしは在英国日本大使館で情報部にいた。

サミットがあり、海部首相、レーあガン大統領、ゴルバチョフ大統領と、今にして思えば歴史の転換点の真っ只中にいたのだ。

そんなことを考えながらうとうとするうち、4時間半のフライトでイルクーツクに到着。

夜10時20分、マイナス14度。
機内でTシャツでいた大男たちがロシア風の毛皮の耳当て帽子を被り始める。

Stow device holder during taxi, takeoff and landing.

Taxi って語源はなんなんだ?

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バイカル湖4:ロシアの東京、ウラジオストック

成田からイルクーツクのホテルに入るまでの1日目の動画はこちら

ウラジオストックの空港に着いたのは日暮れの頃で、紫系のピンクの実に美しい夕陽が、ほぼ真横から射しているのが、雪の薄い断面をさえますピンクに染め上げて、実に素晴らしい。

向こう側には軍用機


この夕焼けは撮りたい、とカメラを向けたら、係官に「Nyet!」と制止されました。

そりゃそうだ、むこうには軍用機。

それにしても、こんな景色は生まれて初めて見た。

美しいシベリア。

正確には、ウラジオストックはシベリアには分類されないですって。

じゃあ、どこかというと、極東。

うーむ。

納得がいかない。

いまでもあるのかしら、米軍のラジオに
Far East Network (AM-810Hz) というのがあってね。

中学から大学まで、ずっとこればかり。
これがわたしの英語力の元なのだ。

で、その Far East Networkの名前について、

Far East つまり、極東って、
え?
日本はアメリカの西にあるじゃんか。
なんで Far East なの?



大英帝国から東へ東へ、東インド会社を超えて、東の最果ての国が日本なんだよ〜

と教わり、だから極東とは日本のことだと思っていた。

ウラジオストックは、
Vladi+Vostok

Vladi = 領土

Vostok = 東

なので、まあ、言うなれば「東京」と同じ意味やね。

おお!ロシア領の東京。すげー。

だから、ロシアの中では、極東地域なのですが、日本語で「極東」と呼ぶとやっぱりちょっと違和感。

わたしの感覚的には、
樺太からキエフまではシベリア「っぽい」と思います。

ここからイルクーツク行きへトランジット。

だんだんロシア語アルファベットを思い出してきました。

トランジットには時間がかかります。

殺風景なコンクリートの壁に挟まれたまま、
立って待ち続ける、のは
まるで1940年代のソヴィエト時代のようです。
(知らんけど)

空港内で働く人は、実に女性が多い。

みんな同じメイクで、
えーと、
金髪をぐいっとポニーテールにしていて、
眉毛を黒くくっきりと蛾眉に描いている。

みんな鼻が長くて大きな二重のグレーの瞳で、
全員、アンドロイドみたいだったよ。

しかも、にこりともしない。

面白い!!!
SF映画のキャラクターみたいだ。

こうして、立って待っている間に
人間観察と、
ロシア語と英語併記の看板を見て単語を確認する
一人遊びをこっそりしていました。

Elica Miwa at VladiVostok Airport Transit Lobby.

トランジットのためのパスポートコントロールが済むとやっとゆっくり乗り継ぎロビーに座ります。

赤いソファに、自動販売機。

A kid and vending machines in Russian airport.

自販機の中は・・・

おお!

信じられません!!!

Vending Machine at VladiVostok Airport

欧米だった・・・。

ロシアの空港の自販機。

コカコーラとチョコレートバー。

うわーーーー。

時代は変わったんだなあ。

わたしが初めてヨーロッパに来た時、まだソヴィエトでしたから。冷戦状態の。

この興味深い話は次回。

【遊び心Today】
ウラジオストックは、ちょうどANAが直行便を3月16日に飛ばしました。どんな場所か調べてみましょう!