一生に一度は演じてみたい役アルカージナ

俳優なら一生に一度は演じてみたい役のひとつに、チェーホフ作『かもめ』のアルカージナがあります。
19世紀ロシアを代表する大女優という設定で、自らの老いを認めたくない葛藤を抱えています。
そのアルカージナを私で上演したいというお話が降ってきました。

私は出身が演出家ですから、もちろん『かもめ』は演出する対象としてやってみたいものの一つです。
何度かワークショップで取り上げてもいます。
けれどまさか演じることになるなんて!
嬉しいです、もちろんです。

その話をくれたのは、1年ほど前から演劇的身体表現の研究と啓蒙活動でご一緒しているロシア人の演出家、ヴィクトル・ニジェリスコイさん。

ロシアの宝チェーホフの名作『かもめ』をロシア人に指名されて演じられるなんてもう奇跡としか言いようがありません。

それは彼がコロナ禍の隙間を縫って来日しており、もう明日にはロシアに帰国するという1月9日のこと。プロデューサーも、そこにいて、じゃあ2年くらいの計画で考えてみましょうか、ということになりました。

雑談から三週間で実演へ!

ところがコロナ感染拡大がまたも広がってしまい、ヴィクトルさんはすぐにロシアには帰らず、しばらく日本にいることになりました。そこで、『かもめ』の読み稽古でもしますか、ということになったのです。

私はただの内輪の読み合わせだと思っていたのですが、なんとプロデューサーは、ヴィクトルさんたちと既に組んでいたプロジェクトと併せて、公開稽古イベントにすると決定。

それが2月5日でした。
なんと「2年後くらいね〜」の日から三週間も経たないうちに立派な公開イベントになってしまいました。
このプロデューサーチームの企画力・実行力・スタッフパワーにはもう脱帽です。すごすぎる。

もちろん全幕は無理ですから、アルカージナとその息子トレプレフ、アルカージナの恋人で売れっ子作家トリゴーリンとの3人の場面(3幕)だけ取り上げることにしました。

翻訳も担当

私は大急ぎで翻訳にとりかかりました。
慶応時代、第三外国語でロシア語を選択したので、なんとかキリル文字は発音できる、という感じですから、英語版と並べて読んでいきます。
たしか2日間集中して終わらせて、出演者に送りました。
2月5日まであと10日というタイミング。

なにしろ準備期間がないので、スタッフが大変だったはずです。
ヴィクトルさんもロシアと日本との両方でオンラインの授業(彼は演劇身体表現の博士なのです)もあり、稽古の時間が一切とれません。
そんなわけで、2月5日の当日は、俳優たち同士も一度も読み合わせを行うことなく、本当に真の意味での「稽古初日」となりました。
全く打ち合わせなし、つまり、ヤラセなしで、俳優が、演出家の指導でどう変化していくか、とお見せするわけです。

なんかもう、ここまでのことだけでも、芝居か映画ができそうですよね。

衣装と身体性

当日の衣装は、フェイスブックメッセンジャーで演出家と出演俳優に見てもらいました。
スェット系の稽古着にするのか、多少は19世紀のロシア色を出すのか、でもずいぶん違うと私は思います。
しかも今回の公開稽古の焦点は「俳優の身体性」にあるのです。

アルカージナの動作や立ち居振る舞いは、19世紀上流社会の、首とウェストの詰まったフワッとしたブラウスと長いスカートが生み出すもののはずですから、私は衣装候補としてそれらを見てもらったのです。
幸い、スェットではなく、19世紀風が選ばれました。
これとアップのヘアスタイルで決まりです。
メイクだけは稽古なのでシンプルに。
でも大きな指輪と腕時計はつけました。
腕の動きをアルカージナは常に意識しているはずだと思ったからです。

当日がやってきました!

まずは座っての読み合わせです。
棒読みにするのか、演読にするのかの打ち合わせもしていませんでしたし、演出家からもなんの指示もありませんでしたが、トレプレフの立本夏山(たちもとかざん)さんが演読で入ってきてくれたので、その方向に。

それを元にして、ヴィクトルさんが、さまざまなエクササイズを与えながら、俳優が真にキャラクターの内面に迫っていくよう導きます。

「俳優の身体表現」と聞くと、大きく動く、とか、走ったり飛んだりを演技に含めると誤解されることが多いのですが、違います。

本当に心に動きがあるかどうか、それだけが大事なのです。

でもそのために、体も動かすエクササイズをたくさんやります。
そして、「掴めた」と思ったら、今度は体を使うエクササイズなしで、それを心の中で再現するのです。
それが演技。

本場のスタニスラフスキイで演ると『かもめ』は確かにコメディなのであった

ヴィクトルさんの演出は、もう私が嬉しくなるくらい、RADAで習ってきたスタニスラフスキイ(ロシア人)の演技術そのもので、これが本場の本物か、と感じられました。

しかも、彼は『かもめ』がコメディであることをよく認識していて、笑いの要素を提示してくれます。
これはね、日本人もイギリス人もアメリカ人もまだできない。
でもポイントがわかりました。なるほど、だからコメディにできる、というポイントが。
実はかなりイングリッシュ・コメディに近いものがあります。
(イギリス人は、チェーホフではそれができないけれど、シェイクスピアではいつもやっているんです。やっぱり外国の名作、と思うと笑いを入れるのに躊躇するのでしょうか。)

彼の演出で、わずかであってもアルカージナを演じる練習ができて、本当に嬉しいです。
2月7日は私の誕生日なのですが、その二日前にこれができて、最高の誕生日プレゼントを頂いた気持ちです。
2年後、本当に全幕ができるようにがんばります。(翻訳からスタート)。

この公開稽古は、配信でご覧いただけます。

イデアールProject リサーチ企画vol.1

「現代演劇の俳優術〜身体のアプローチから」
世界中の俳優に影響を与えているスタニスラフスキーシステムを基盤にして、ロシア、イギリスの俳優はどのように演技を創っていくのか。ヨーロッパで積み上げられてきた俳優教育は、はっきりした理論に基づいたものです。その様々な稽古過程を公開し、俳優がテキストからどの様にイメージを身体にうつしていくのかを検証します。その後のシンポジウムにて、日本の俳優の現状や、世界の俳優事情、今後の可能性についてディスカッションしします。

ロシアの劇場で俳優の身体表現の演出家としても活躍しているヴィクトル・ニジェリスコイ氏とイギリスの王立演劇アカデミー、ロイヤル・オペラハウス等で演劇を学び、現在は日本で演出家、俳優として幅広い活躍をしている三輪えり花氏、調布市せんがわ劇場 演劇ディレクター、日本演出者協会 副事務局長などを担い、日本演劇界を縁の下で支えている演出家、柏木俊彦氏を交え、俳優の身体演技の可能性を発見していくプログラムです。

内容

◎チェーホフ「三人姉妹」身体パフォーマンス
演出:ヴィクトル・ニジェリスコイ
出演:白川万紗子 他2名
〈15分〉
※当日の午前中に2時間ワークショップを行い創作したものを発表します。言葉は発せず、身体のみによるパフォーマンスです。

◎マヤコフスキー「ズボンをはいた雲」詩の朗読とライブペインティング
朗読:ヴィクトル・ニジェリスコイ
画家:Chieko Hara
〈40分〉
※詩の発語と身体の即興を行います。即興が行われる瞬間、身体では何がおこっているのか、観察します。

◎チェーホフ「かもめ」一部抜粋 あら立ち稽古
演出:ヴィクトル・ニジェリスコイ
訳:三輪えり花
俳優:三輪えり花 立本夏山 柏木俊彦
〈60分〉
※三幕のトレープレフ、アルカージナ、トリゴーリンのシーンを抜粋。俳優が演技の動きを創っていく過程を公開します。

◎シンポジウム「各国の俳優の身体演技」
登壇:ヴィクトル・ニジェリスコイ 三輪えり花 柏木俊彦 立本夏山〈40分〉

配信日時
3月6日(日)〜1週間配信


お申し込み方法など詳細は後日お知らせしますが、興味のある方は先に私にお便り頂ければ個別にご案内いたします。

【Live Interaction】
やってみたいものに意識を集中してみよう。流れが変わる。


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