2019年1月、カイロに到着した次の日からは、アラブ国際演劇祭一色の日々です。
カイロで初の夜明け!
なんてなんてなんて美しいの?
ナイル河のど真ん中に中空に浮かぶようにして眺める朝焼け。幸せすぎる。
初日の10日は、『夜の旅行者』を観劇してから開会式。
今日は書き物もあるし、まずは食事をして、15時にバスが出発するというので、14時半にハイサムさんとロビー集合。
ロビーには、アラブ国際演劇祭ATFの事務局の机が常設されていて、スタッフが3名ほど、常駐している。
ところが、1445になっても誰も来ない。事務局デスク周りは閑散としている。
15時出発だよね? 出発だよね?
15時。誰も来ない。
15時15分。誰も来ない。
15時半、16時。
大丈夫なのか?
表玄関にバスがいるのかもしれないと思って見に行くが、バスの影もない。名札を下げたATF関係者の姿もない。
ハイサムさんもクエッションマーク。
16時半。
やっと何人か集まり始めて、バスへ。
えー、これだけ?
わずか14名ほどですよ。
これしかいないの、開会式前の観劇?これは審査の中に入っていない、シグネチャー上演なので、観なくてもいいやと思っている人もいるのかしら・・・
一応冬なので、案外寒い。赤道直下だから暑いだろうと、夏服だけ持ってきたのに、東京を出た時のこのダウンを10日間、着続けるとは思ってもいませんでした。
で、国立オペラハウスへ到着。
開会式はオペラハウスで行われるのだが、芝居の上演は、オペラハウスの中庭で行われるという。
テント?
あの列車の車両らしいよ。
は?
公園のように美しく整備された広ーい中庭に、寂れた電車の車両がひとつ、傾いて置いてある。
近づいてみると・・・
て、
てづくり?
列車の車両と思しきものは、木と鉄でできていて、第二次大戦ごろの発展途上国を思わせます。
ポスターは出ているけれど、まだリハーサル中で入れないという。
開くのを待っている間に話しかけてきてくれたチュニジアからの文化担当大臣ムニールさん。
ハイサムさんも一緒です。
彼らとはずっと仲良しになり、今後、何か一緒に活動できたらいいね、という話になった。
ことに、異国からのワークショップに飢えているらしく、ワークショップを開催することはできないか、青少年団体や学生団体で芝居を持ってきてくれないか、とのこと。
ふむ。おもしろいかも。
そうこうするうちに、例の列車に入っていいという。
いくら小さな列車でも、私たち4人しか客がいないなかで上演するのだろうか・・・
心配は無用であった。
座席はあっという間に満席になり、観られない人も。
なるほど。
先に来て待つ、という文化ではなさそうですね。
後方には楽師たち。生演奏なのね。
細長い車両の、前方からと後方からと、二人がけの椅子が、右と左に、車両の中央部を向いて設置されている。
要するに、バスの座席配列です。が、全部が前方を向いているのではなく、前半分の椅子は、中央部分に向かってつまり後ろを向いて配列されています。
その中央部分は、ベンチが向かい合っている。つまり昔のJR中央線のようにね。ちゃんと網棚も付いていて、映画のセットの中にいる感じです。
この中央部分がどうやら舞台になるらしい。
同じ車両の中で、ある乗客が体験するドラマを私たち観客も同じ乗客として体験する仕組みで、一種のアプライドドラマ、体験型シアターのようですね。
で、上演された『夜の訪問者』
いやいやいやいや、これはもう最高に面白かったんです!
夜の電車に一人っきりで乗っている旅行者が、車掌にいいように翻弄されて、たいへんな目にあうのです。
と、なんとその車掌は、歴史上の独裁者につぎつぎに変貌し、独裁者の言葉でものを語り始めるの。
怯える旅行者は走る列車から降りるわけにもいかず、最後には拳銃自殺を車掌に強制されて、そうなる。
わかりますでしょう?
走り続ける列車という閉ざされた空間。
逃げ道がない。
進んでいくのを止めることも、降りることもできない。その列車を支配する車掌の言うことをきくしかない、無力な旅行者。
こういうのを「戯曲」というんだ。
こういうのを「芸術」と私は呼びたい。
崇高なものという意味ではなくて、わたしたちが普段うまく気づかないようにしてあたかも何もないかのようにして過ごしていく日常の、本当の姿を切り取ってみせる。
それが芸術だ、と私は呼びたい。
しかもね、この作品のすごいところは、まったく堅苦しくないところなの。
生演奏は明るくて踊りたくなるくらい楽しいし、独裁者の車掌は、でっぷりした大男なんだけど、ちょっとしたしぐさがいかにも人間臭くて、せりふも笑いがたっぷりあって。
ええ、わたし、演出家なので、アラビア語はわからなくても、そのせりふに含まれるトーンとニュアンスを嗅ぎ分けられるので、そのせりふが笑いを含むものなのかどうかはすぐにわかるのです。というか、それは、おそらく、どんな俳優も演出家も、見分けられると思うけど。あと、経営者や営業の人も見分けられると思いますよ。理解しようとせず、子供のように感じようとすればね。
話が逸れましたが、本当にたくさん笑った。車掌はたまに私たちの座っているエリアにもやってきて、話しかけたり、笑わせたり、脅したりするんですが、どこまでがアドリブなのかせりふなのかわからないくらい、巧み。実に自然。すばらしい演技力でした。
おまけに、この旅行者!
車掌に対して、かなり背の低い小男で、痩せている。日本人にもよくいるタイプです。なにに対しても抵抗を示せないタイプのような。40歳から50歳代だと思います。(車掌は60歳代かも)
その無垢な感じの笑顔と、恐怖を感じた時の脅えようなど、これまた実に実に見事。
車掌の話に合わせようとして恐怖を笑いに変えたり、笑いだと思っていたものが恐怖だと知ってひきつったり。演出も一瞬も飽きさせないで見事だった。
あとでハイサムさんが教えてくれたのですが、これはエジプトでは有名な小説または戯曲で映画化もされているものだったそうです。
どおりで、名作。
中東で初の舞台からこのワクワクさで、先が楽しみです。
そして、開会式へ。
いわゆる、白人文化のオペラハウスです。
おもてには、アンナ・ネトレプコ主演のオペラの巨大なポスターが貼ってあり、クラシックバレエのポスターも。
そう、日本の新国立劇場と同様な感じです。
劇場という文化は、やはりヨーロッパルネサンスのものなんでしょうね、とちょっとショック。
私は日本でシェイクスピアや翻訳劇をやっているけれど、外国人にしたら、なんで日本のものをやらないの?という疑問を持つのは当然なんですな。
さて、開会式自体は、生オケが国歌を演奏するところから始まります。
国歌斉唱は全員起立。
観客層が、当たり前だけど全員中東系で、アジア人も白人もいないのよ。
私一人だけが中東系じゃないの。
だからテレビ局のカメラもやってきたけど、喋れないのでインタビューではなく、写真を撮らせてくれ、とのことでした。
全員がアラブ人の1200人の客席って圧巻よ。
うち、白グドラと白カンドゥーラ(中東のよくある衣装です。いろいろドレスコードは複雑らしいけど)の割合がすごい。
ハイサムさんによると、開会式だからみんな正装しているのではないかと。
あと、国際演劇祭なので各国の大使が参列していらっしゃいます。
そうそう、そういえば、バスが全然進まなかったんだった。
信号も止まっていて、警官の旗振りのみで車が進む。
進むというか、流れる。
いや、流れないんだけど、なんかね、道路が、川のようなんだよ。
水は一方向に進むけど、進路が一定しているわけではないじゃない?
車があんな感じで進む。
なんとなくこっちに進んでいるけど、車線とか関係なくて、みんな好きなところへ割り込んでいく感じ。
事故はないの?
あるある。said Haitham.
なんて話をしながら、動かないバスの中で道路を眺めていたのでした。
私にはバスの窓からの景色でさえ、10日間、一度も飽きなかった。バスの窓からの眺めと交通に関してだけでブログが一本書けそうだ。
この共和国で、アフリカ・中東エリアの各国が集まる国際演劇祭では、大使も参列してメディアがいくつもテレビカメラとレポーターを設置して待ち構え、まるで、そう、まるでアカデミー賞でも行われるのかというほどの賑わいようです。
日本よりもずっと演劇の価値が高くて、なんだか羨ましい。
開会式で行われるのは、エジプトで活躍する演劇人たちの経歴紹介とその功績を称える表彰式。
演劇出身の人々が、舞台だけでなく、映画とテレビを作っている。
俳優と演出家と脚本家、劇作家、舞台美術家、劇評家、プロデューサー。
長年の功績を称え、いくつも賞が授与され、一人ずつ賞が送られる。そのたびに壮大な音楽が流れる。
(音楽は、表彰する際のバックグラウンドが、『オペラ座の怪人』からで、これ、あの、著作権申請してます?と聞きたかったが、やめた)
驚いたのは、演劇研究者にも重要な賞が贈られたこと。
ドラマツルグ(日本には浸透していない職業なので説明しづらいが、戯曲を文学的側面以外からも分析する人。誤解を恐れずに言えば、マーケッターの一種でもあると思う。この戯曲はこれこれの意味があるからこれこれの観客に訴求できる、ついては演出はこれこれが可能だ、などのようなことを、劇団やプロデューサーと一緒になって上演作品企画においてたいへん重要な役割をするのです)としての研究者が非常に高い地位を得ている。
日本よりもずっと演劇の価値が社会的に認められていて、とっても羨ましい。
ところで、照明と音響はめちゃくちゃ派手なの。
開会式だからね、派手にやりたいんでしょうね。
と、この日は思っていたが、その感想は、明日、変化し、明後日には裏切られることになる。
カイロオペラハウス
ところで
このオペラハウスは、カイロ・オペラハウスと呼ばれ、一旦焼け落ちていたものを1985年に日本の無償援助で再建したもの。もともとは1869年に完成し、`リゴレット』で杮落とし公演をおこないました。1871年にはスエズ運河完成を祝い『アイーダ』が初演された場所でもあるそうで、先にこれを知っておけば、もっと感動できたのに!と残念至極。
かなり長い開会式で、でもある瞬間にみんなざわざわと立ち始めて、終わっていた。
えー^^^^^^!
これで終わりです、とかなにか、もちょっとわかりやすい終わり方、ないの?
ホテルに着くともう深夜12時半。飲まず食わずです。
ありがたいことにロビーの食堂は開いていて、我々は深夜の食事をたんまり平らげたのでした。
続く・・・
メモとして概要を残しておきます。
▽
アラブ演劇協会 ATI より招聘を受け国際演劇協会日本センター代表としてカイロで開催された第11回アラブ演劇祭 ATF を視察した。以下、概要。
視察先第11回アラブ演劇祭
期間 2019年1月10日ー16日
開催場所 エジプト国カイロ市
滞在先 グランドナイルタワーホテル
ATFの構造
ATFはATI加盟諸国を代表する者が同じホテルに1週間集まり、シンポジウムや討論会を持ちつつ親交を深め、演劇によるアラブ諸国の文化、社会及び人間性の向上を目指すものである。参加作品は、それぞれの国が代表する作品をATF事務局に対し応募し、事務局により選出される。閉会式では参加先品から今年度の優秀作品が選ばれる大会制である。
第11回ATFはHis Highness Sheikh Dr. Sultan bin Mohamed Al Qasimi, Member of the Supreme Council and Ruler of Sharjah, and the Egyptian President Abdul Fatah Al-Sisiの後援で行われた。
毎年各諸都市の持ち回り制で、閉会式には次回の開催国(都市)も発表される。 2020年はヨルダン国アンマン市で開催される。
プログラム
(カッコ内は公演製作国)
1月10日 観劇及び 開会式
『夜の旅行者』(エジプト)
1月11日 観劇
『首輪と腕輪』(エジプト)、
『窓』(ヨルダン)、
『しっちゃかめっちゃか』(エジプト)
1月12日 観劇
『朝と夜』(モロッコ)、
『電波または結婚の贈り物』(モロッコ)、
『短い思い出』(チュニジア)
1月13日 観劇
『人生の演奏』(イラク)、
『表情のない女』(ヨルダン)
1月14日 観劇
『第14室』(UAE)、
『無意味な行為』(モロッコ)、
『狂人』(UAE) 、
『慈悲』(クェート)
1月15日 観劇
『狂った国』(ヨルダン)、
『朝のライラック(ダーイシュ時代の死について)』(UAE)、
『ヤコブの梯子』(ヨルダン)
1月16日 観劇及び閉会式
『事故』(エジプト)
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