身振り手振りは何のため?

舞台での身振り手振りは大げさで、リアルじゃない。

現実のスピーチで使えと言われるけど不自然になり、使うと大げさな気分になる。

では、身振り手振りは何のためにあるのでしょう?

前回までのレッスンで、他者の身振り手振り、自分の身振り手振りを観察してみましたね?

(過去のレッスンはこのブログから)

すると、私たちは日常の会話ではかなり気楽に大きく身振り手振りを使っていることがわかります。気を許すほど、身振り手振りが大きく頻繁になることもわかりましたね?

どうしても相手にわかってもらいたい時、身振り手振りを私たちは使います。

私たちが自分の脳内を整理するためにも使っています。

何か単語を忘れた時も、どういう言い方をすれば良いかを考えるときも、言いたいことやビジュアルの「なんとなく」は脳内にあるのに、単語や言い回しを思いつかなかったり、工夫している時、身振り手振りが生まれます。

つまり、身振り手振りというのは、言葉になる直前の脳の働きがそのまま発露しているものなんです。

私は、自分の考えは手のひらに乗っている、と捉えています。

手のひらには、目には見えない「考え」が乗っている。

手のひらにそれを乗せながら、その話をするのです。

あなたが話したい内容、伝えたいものを、ただ脳内に思い描いてごらんなさい。

それから話し始めるのです。

そうすれば、実に自然に身振り手振りを使うことができます。

日本人社会ではなく、国際人が多い舞台では、とても必要な身振り手振り。

大げさなことをしているのではなく、日本社会では抑圧されている自由さを取り戻して「自然」でいられることを謳歌して使ってください。

【今日のライブインタラクション】

手のひらに考えを乗せて喋ってみよう

(プロの表現者用記事)身振り手振りは必要か

前回は、身振り手振りは、普通の状態でも案外使っている、というお話をいたしました。

今回は、プロ向けに、お届けします。

なぜ、「演劇は無理して大げさに身振り手振りを使うものだ」と思われてしまうのでしょう?
それは、
演じる人が、
お客様に対して、
登場人物の気持ちや場面の状況を
わからせようと、
「大げさに」
やってしまうからです。
大げさに演じれば、
それはもちろん
大げさです。
観客は馬鹿ではありません。
演者がリアルに演じれば、
観客はちゃんとわかってくれます。

【今日のライブインタラクション】

普段の自分の腕の使い方を意識してみよう
(前回は、他者を観察。今回は自分を観察)

PS

激しい感情と何気ない日常が交錯する『オセロー』で
大げさではないリアルを目撃しませんか?
三輪えり花が実際に舞台で喋り、演じるところを目撃してみませんか?
誰にでもよくわかる、誰にでも楽しめる
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身振り手振りは必要か

身振り手振りは必要か?

人前でフォーマルに話すとき、身振り手振りがちぐはぐになってしまい、
とまどったことはありませんか?

日本人の苦手な身振り手振り。

これを自然にするには、
いちど、自分から離れて、
第三者的に、身振りの研究をすると
良いです。

そう、演劇ですね。

が、
演劇をやっていると、

「演劇は大げさだから手とかたくさん動かすけど」

とよく言われます。

💢大間違い!!😤

日常では抑えている感情を、
抑えきれなくなったところが
ドラマになるのですから、

それは、「大げさ」なのではなく
「まさにリアル」
なのです。

けれど、そのようなドラマチックな瞬間出なくても、
わたしたちはけっこう腕を使っています。

普段の生活で、私たちがどれほど腕を使って話をしているか、ぜひ観察してみてください。

【今日のライブインタラクション】

会話の時の腕を観察してみよう

追伸

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『インプロ』重版発売!

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創造力をつけたいかた
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コミュニケーション指導の神様キース・ジョンストンの名著
『インプロ』

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三輪えり花は、ロンドン大学の修士論文を書くための参考文献として紹介されたこの書籍の素晴らしさに、翻訳をしたのは2012年。

昨年から完売になっていたのを、出版社而立書房から、本日、重版発売になりました。

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声は自然が一番

こんにちは、三輪えり花です。

東京は、きのうの寒い雨が過ぎて快晴となりました。

今日は、声について。

声は自然が一番。
むりに作ってはいけません。
自然というのは、心の動きに任せて、
という意味です。

大きく感動すれば声も自然とそうなる。

怒れば怒鳴るし、
相手を説得しようとすれば、
それに従って声が変わるもの。

声を無理に作ってしまうのは、
相手とインタラクションしたいというより、

自分はこういう風に見られたいのでそう見てね、
という自己主張の押し付けに過ぎません。

さて、ここからはプロの実演芸術家向けです。

6月のシェイクスピア遊び語り『オセロー』は
感情の放出がものすごい。

でも、それを自然に任せていると、
一回で声を潰してしまうでしょうし、

お客様はかえってドラマの論点を見失ってしまい、
ただうるさい怒鳴る芝居だったね、

という感想しか残らなくなるでしょう。

作らずに自然で
かつドラマの構成で観客を惹きつけるには?

【今日のライブインタラクション】

自然な心の揺れで自分の声がどうなるか、観察してみよう

追伸

舞台の上で自然かつドラマの構成を
意識して組み立てられた感情の放出を

英国の演技術ではどうしているか、
実際に見て体験できるチャンスがあります。

 興味のある方だけ、どうぞ!

狂乱の演じかた

皆さん、連休は楽しみましたか?

私は、6月のシェイクスピア
遊び語りの
ためのリハーサル三昧で、
幸せな時間を過ごしていました。

今日は、プロの演技表現者へのレッスンです。

日常では関係のないかたはスルーしてくださいね。

 

芸術というものは、
日常の中の非日常を
第三者の立場から見つめ直すこと
ではないかと私は思います。

 

まるで顕微鏡で小さな虫を
観察するかのように、

 

日常の些細な気持ちの引っ掛かりを、
よりドラマチックなセッティングで

 

見つめることなんですね。

 

だから、
日常では経験したくないことが
ドラマの題材になりがちなのです。

シェイクスピア、オペラ、ミュージカル・・・

殺したり殺されたり。
とくに重要なのが、愛する者を奪われる時です。
そこでは人間は正気を保っていられなくなります。

 

でも俳優は、
俳優として正気を保ちつつ、
狂乱する登場人物を演じなくてはなりません。

 

いろいろな狂気の演じ方がありますが、
シェイクスピアは言葉によって
狂気を観客に呈示してくれます。

俳優は、

その言葉を観客に伝えるだけ
で良いのです。

 

・・・とは言え、
「どうやって伝えるのか」
が大問題なのですが。。。

 

まずは、普段、自分の感情が
ネガティブに動いてしまう時、
どんな態度や思考回路を持つか、

 

あるいは他者がそうなっているとき、
どんな態度や思考回路を使っているか、

 

観察してみましょう。

【今日のライブインタラクション】

感情が動く時、何をやりがちですか?

 

追伸:

 感情を良さぶられる体験と、
そしてシェイクスピアをもっと
知りたいかたのために、
参考になる舞台がありますので、
ご紹介します。
6月7日から10日、
シェイクスピア四大悲劇のひとつ
『オセロー』。
とにかくすごいことになりそうです。
オセローのウェブサイトは

 

心に残るスピーチのために

スピーチ原稿は、感動的なものにしたければ、コピーライターに頼むこともできます。

けれど、どんなに感動的な原稿でも、それを伝える人が棒読みをしてしまっては台無しになってしまいます。

一方、どんなに内容が最低で酷いものでも、スピーカー(話者)のスピーチテクニックが優れていれば、大観衆の心を掴むこともできるのです。
今日は人の心を動かすスピーチテクニックについて一番大事なことをお話しします。

【母音に注意】

次の文章を話してください。
「私はあした、青森に行きます」
単語同士が、同じ音の母音で繋がっているのがわかりますか?
わたしは あした あおもりに いきます。

アルファベットで書いてみるとわかります。

Watashiwa ashita aomorini ikimas.

下線部のアルファベット母音を短く発音してしますと、次のように聞こえてしまいます。

「わたしわしたおもりにきます」

おお! すでに日本語ではありませんね。
単語始まりの母音を、きちんと言い直すようにしましょう。

Watashiwa Ashita Aomorini Ikimas。

というかんじで。
大きな声にしなくてもいいのですが、あらためてしっかり発音する感じです。

俳優諸君、特に大事。
社長さまがた、特に大事。
政治家諸君、特に大事。
がんばってください。

【今日のライブインタラクション】
母音で始まる単語に意識を向けよう。
三輪えり花は6月にシェイクスピアの美しい英語と、わかりやすい口語翻訳で『オセロー』を上演します。
俳優たちと気をつけるのは、まさにこの点。
言葉の芸術を楽しみたい方は、下記にご連絡ください。

できるようになるためには

できるようになるための5ポイント
こんにちは、三輪えり花です。
今日は満月。
この半月のことを整理する時期がやってきました。
なにかを始めたら、あるいは、毎日の普通のことでも、今やっていることが良い方向へ向いているかどうか、チェックすると良いですね。
そして、もしこんなに努力しているのに、なにかうまくいっていないことがあれば、それは気の持ちように関係しているかもしれません。
ならば、以下の5点をトライしてみましょう。
1  自分にはできると言い聞かせる
2  笑顔でやってみる
3  とりあえずのOKを自分に出し続ける
4  他者の評価を得ることを目標にしない
5  自分が目指す理想像を、実際に目指す
いま、三輪えり花は、6月のシェイクスピア遊び語り『オセロー』の稽古中ですが、上記の5点は本当に役に立ちます。
大事なのは、5番と3番の共存です。
理想を高く持ち、冷静に自分の現在地点を確認しつつ、やることにオーケーを出していく。
そうすると、甘えや自分勝手な思い込みからも離れることができます。
そんな私のオセローは、実に新しいワクワクする作品になりつつあります。
公演観劇お申し込みは下記のチラシで、ご確認くださいね。
【今日のライブインタラクション】
気の持ちようを変えてみる

自分らしさとは

四月も末の週になりました。
これまで取りかかってきた創作活動が諸々一段落して、やっと自分らしい生活が戻ってきた三輪えり花です。
みなさんは、いかがお過ごしですか?
今日は、自分らしさを出す、とはどういうことか?
一緒に考えてみましょう。
ビジネスのプレゼンテーションや、
舞台の公演、朗読やプロジェクトの発表。
自分らしさを出せ、と言われて
がんばればがんばるほど、
自分らしさとは遠のいていく。
辛い、見つからない、
自分らしさってなんだ?
人と違うところを見つけようとする。
どれも似たようになってしまう。
だめだ、
自分らしさってなんだ?
そんな経験、ありますよね。
自分らしいとき、ひとは絶対に幸せです。
辛かったり苦労したりすることは、ありえません。
だから、幸せな状態を思い浮かべてみましょう。
あなたは、何をしている時が幸せですか?
私は仕事が演劇で、趣味を兼ねているので、全ての瞬間が仕事と直結。つまり、仕事をしている時が一番幸せです。
けれど、この3年間ほどは度を越していました。
執筆、演出、指導、事業展開。
幸せなんですよ。
けれど例えば、料理したり、犬と散歩したり、バレエのレッスンに通ったり、歌やヨガさえなかなか練習できなかったり、
我が身のことにほとんど時間を割くことができなかったのです。
これはアンバランスですね。
アンバランスだと幸せじゃないうえに、絶対的に他人にも迷惑をかけているはずなので、自分らしいとは言えません。
私は決めました。
もうアンバランスな生活に入り込まない!
というわけで、早速本日から、バレエと書道とピアノを再開。
歌はずっと続けているので、それも。
本日、手がけていた執筆が四つ、すべて一段落しましたが、これから六月のシェイクスピア遊び語り、九月のオペラ遊び語り、十月の音楽劇ヴェニスの商人、そしてまだ非公開のとっておきのプロジェクトも控えています。
でも、いくら仕事が趣味とはいえ、自分自身の訓練も必要。
そして何より、丁寧な食事と、片付いた部屋、家族との会話です。
それがあると私は、ああ今日は良い日だ、と思えます。
今日は良い日だ、と思える時こそ、あなたにとっても一番自分らしく活き活きしている時のはずです。
なにか特別なことをするでもなく、
だれかに反発するでもなく、
肩肘張らずに、
けれどなにか努力して、
気持ちの良い達成感がある。
それが、自分らしさを出す、ということなのではないでしょうか。
プレゼンテーションでも舞台でも、特別なことをしない。
自分が打ち込めること、無理をしていないこと、他人に知らずに迷惑をかけていないこと。
それを探しましょう。
【今日のライブインタラクション】
自分らしい笑顔を浮かべてみよう
三輪えり花のライフワーク
シェイクスピア遊び語りは年に一度のお祭りです。
6月7〜10日
お見逃しなく。

オーラはセルフイメージで決まる

春の嵐に悩まされる今年。

事故や災害に皆様が遭遇なさっていないことを祈るばかりです。

さて、三輪えり花の使命のひとつに、シェイクスピアの魅力をわかりやすく伝える、というのがあります。

今年もやります。

シェイクスピア遊び語り。

第14弾は、シェイクスピア四大悲劇のひとつ、

『オセロー』

遊びたい語りは、せりふや登場人物の由来や行動の意味などを間に入れていく、まさに立体教養イベント。

そのため、私は原作の原文と睨めっこしながら、どんな解説を入れようかなぁと考えるわけですが・・・

これがね、いやはや、四大悲劇と言われるわりにはなかなか上演されないわけがわかりました。

登場人物全員が極めてセクシーでオーラがある必要がある!

のです。

しかし、オーラって、出そうと思って出せるものなんでしょうか?

答は、イエス&ノー

最近、オーラのある人といえば、第一がフィギュアスケーターの羽生結弦さんだと思います。

あれは、世界一だぞという実績が心理として現れたものです。

あれができるようになるには、その心理、精神状態になる必要があります。

ということは、それができない限り、筋肉をそのように動かしても、表現とは無縁の、機械の体操のようになってしまうでしょう。

ですから、ノー。

一方で、かれの腕の使い方や首の使い方、あれができると、相当、オーラがあるように感じられると思います。

となると、オーラがあるように見せるのは、筋肉や息の使い方次第と言えます。

なので、オーラを出すことはできる、イエス。

オーラは、自分の存在そのもののエネルギーです。

自分は注目を浴びて良い存在である、とセルフイメージしてください。

オーラはセルフイメージで決まる、といっても過言ではありません。

自分がここにいることをお客様と喜びを持ってシェアしたい、

そんな気持ちが羽生選手からも感じられます。

私たち実演表現者は、あらゆる人になれなくてはいけません。

オセロー組も、存在感と色気のあるオーラを目指してがんばります。

【今日のライブインタラクション】

羽生結弦選手の平昌五輪閉会式の登場を動画で観てみよう