法律と正義

シェイクスピアは、弱いものの味方です。
『ヴェニスの商人』では、法律という巨大な壁を盾にして、合法的に殺人を行おうとする金貸しシャイロックを、どうやったら止めることができるか、が作品のクライマックスになっています。

ヴェニスの商人アントニオは、命を取られるとわかっていながら、そんなことは起こりえないと署名した法的文書を尊重します。

ヴェニスの金貸しシャイロックは、アントニオのサインした法的文書の正当性を主張します。

被告も原告も、この法的文書を尊重しますと言っているわけです。

それを止めたいのは、アントニオの友人たちと、みすみす異教徒に命を狙われるのを見ていられない同胞たちです。

例えれば、仮に

フィリピンで麻薬密売に関わったつもりはないのに、軽々しくサインしたものがその証明になって死刑宣告を受けた日本人商社マン(というより、丸紅や三井物産級の大会社の社長)がいて、本人はもう仕方ないと思っているような状況を、日本政府がなんとかして助けてやれないかと画策するも、法律を前にしてはなすすべなし。
という状況を思い浮かべてみてください。

法律は正義です。

そして法律はできるだけ人道的であろうとしますが、どうしても非人道的な側面が生まれてしまいます。それが『ヴェニスの商人』の裁判。

シャイロックを止めることはできるのでしょうか?

【今日のライブインタラクション】
ルールはこうだけど、今回は曲げてあげないと・・・と思ったことはありますか?

幸せの絶頂から

『ヴェニスの商人』の主人公の一人、大富豪令嬢のポーシャ。
婿になる人は、三つの箱のどれが当たりかを当てた人。

どんな男が当たりを引くかわからない。

幸い、もともと一目惚れして密かに恋心を抱いていた、ヴェニスの貴族バッサニオが見事に当たりの箱を選んでくれました。

幸せの絶頂!

とはいえ、人間、いつが絶頂かは、下り坂になるまではわからないもの。

幸せも不幸も、その中にいると、永遠にそれが続くような感覚になりますよね。

ポーシャだってきっと、これから結婚の準備もあるし、お式そのものもあるし、子供も生まれるだろうし、とキラキラした未来が待っていると思いますよね。

ところが、ところが、シェイクスピアはドラマを持ち込みますよ。

ちょうど指輪を渡したところで、ヴェニスの商人アントニオからの手紙が舞い込みます。

そして。。。

・バッサニオは本当は貧乏。
・バッサニオは本当は嘘つき。
・バッサニオの幸福は、お金を貸してくれたアントニオ次第。
・そのアントニオが死に直面している。

という4大ショックが飛び込んできたわけです。

さて、ポーシャを演じる場合は、もうひとつ考えるべきことがあります。

ポーシャの結婚相手となるべき人の大前提として、ポーシャの財産を食い潰さないことがとても重要な点です。

ほかの求婚者は、モロッコの王子、アラゴンの王子、そして途中で諦めて帰ってしまったけれど、立候補してきたのは、ザクセンの皇太子、フランスの王子、イングランドの侯爵、と名だたる資産家たちばかり。

戯曲の中には書かれていませんが、そもそも応募条件として、いくら以上の資産の持ち主、ということがあったに違いありません。

バッサニオはそれを騙したのです。

財産を守らなくてはならないポーシャとしては、バッサニオはもしかして財産目当て?と勘繰り始めたとしても不思議はありません。

さらに、重要なのは、アントニオの死によって、二人の結婚には常に暗い影がつきまとうことになるだろう未来です。

バッサニオとどんなに幸せにベッドに入ろうとも、バッサニオは「ああ俺の幸福はアントニオの死の上にあるのだ」と思うでしょう。

そうすると、二人の間にはつねにアントニオが暗い影のように存在し続けることになります。

あなたなら、どうしますか?

【今日のライブインタラクション】
幸せ!最高!と思った瞬間に、「まじか」という目にあったことはありますか?

わたしたち俳優は、けっして登場人物その人と同じ体験をすることはできません。
だから、「似た体験」を探して、それをどう膨らませようか、と考えるのです。

婚約と指輪

婚約指輪。

ロマンチックですね。

意中の人に、どうやって渡そうか・・・
あの人から頂けたら・・・

婚約指輪の儀式の起源はともかく、『ヴェニスの商人』にも指輪が婚約の印として使われます。

“I give them with this ring,”

「それら(私の財産すべてと私自身)を、この指輪とともにお渡しします」

指に輪をはめることは、

「心に約束を鋲(びょう)で留めたも同然」

お互いを裏切りませんという約束の印なのです。

ポーシャは続けてこう、釘をさします。

“Which, when you part from, lose, or give away,
Let it presage the ruin of your love,
And be my vantage to exclaim on you.”

もしもこの指輪を外したり、無くしたり、誰かにあげたりした時は、
あなたの愛の終わりの始まり、
私にはあなたを怒鳴りつける権利が生まれますからね」

・・・最後の、「あなたを怒鳴りつける権利」は、意訳です。
妻は夫に必ず従うべき従属関係にあった当時としては、妻が夫にものを言うなんてことはあってはいけませんでした。
「裏切られたら、従属しませんから」という大きな厳しい宣言をしたわけです。

【今日のライブインタラクション】
あなたの指輪にはどんな思いが込められていますか?

苦悩を突き抜け歓喜に至れ

不幸のどん底から、突然、水面に引き上げられたように、喜びがやってくる。

幸運にもそんな瞬間をあなたも経験した事があるかもしれません。

『ヴェニスの商人』の主役の一人ポーシャもそうでした。

その時彼女はこう言います。

“How all the other passions fleet to air”

「あらゆる苦悩が空気の中に飛び去ってゆく」

Passion は現代語では「情熱」という意味ですが、語源は「キリストの受難」です。

Fleet は、大量にまとまって浮かびながら動いていくという意味です。艦隊とか。

それが、to air 空気の中に、なんです。

絵が浮かんで来ましたか?

たった一人で引き受けなくてはならない苦しみをポーシャは感じていて、それらが一気に集まり船団のように大きな隊を作って空気の中に浮かび上がり立ち上って天に消えていく様です。

ああ、英語って素敵!

演技するときは、もちろん、そのイメージを持ってから、それをどう言葉にしようかと工夫しながら言うのです。

【今日のライブインタラクション】
あなたの苦しみもまとめて空気の中に去って行ってもらいましょう。

本番まで後1週間!

『ヴェニスの商人』について、せっかく稽古中なので、『ヴェニスの商人』から、知っておくと気持ちのよい名言や、日常でも使えるおしゃれな英語の言い回し、シェイクスピアの面白さの真髄などをお伝えして来ておりますが、早いもので、本番まであと1週間となりました。

とても充実した稽古が続いています。
今回は若手スタッフがすばらしい働きを示してくれているのですが、彼らは俳優を目指してもいるので、いつでも代役ができるという力もつけて来ています。

わー。

やっとバッサニオの箱選びに来たところ!
後1週間で魅力を伝えきれるかしら・・・

さてバッサニオの箱選びにおいて、ポーシャは、

「どの箱が当たりが教えて差し上げたいけれど、でも私、誓いを立ててしまった、だからお教えできません」

と言います。

ポーシャは、誓いを守ることに縛られて、自らの人生を選択する事ができなくなっているのです。

でも、なんとポーシャは、歌を歌います。

「金の思いは死んでしまう。
銀のゆりかごは揺れない。
鉛の鐘は鳴る」

この謎かけ歌を聴きながら、バッサニオは箱選びを進めます。

【今日のライブインタラクション】
あなたは約束をどれくらい大切にしていますか?

ギリシャ神話とシェイクスピア

『ヴェニスの商人』はワクワクする名言がいっぱい!

箱選びの場面で、大富豪令嬢ポーシャを射止めようとしているバッサニオは、金の箱を前にして、

美女に見えてもその美しさは上部の厚塗り

と呟いた、と前回のレッスンでお伝えしました。

その後、彼はこう結論づけます。

The seeming truth which cunning times put on
To entrap the wisest. Therefore then, thou gaudy gold,
Hard food for Midas, I will none of thee.

英語がカッコ良い!

The seeming truth 見た目の真実
To entrap the wisest 最も賢い者をも罠にかける

2行目の途中からの文章、
Therefor then, thou gaudy gold
は音の連なりにご注目。

日本人の苦手な th が三度も続きます。

「それなら、じゃあ、おまえは」という意味

そのあとの、gaudy gold (ゴーディ ゴールド)も音が面白いですね。

thou gaudy gold は、「けばけばしい黄金というおまえ」という意味で、黄金を擬人化して話しかけているわけです。

さらにそれを、
Hard food for Midas
とイコールで結んでいます。

「ミダスの硬い食べ物」

わかりますか?

ギリシャ神話のミダス王、手に触れるものを全て黄金にしてくれ、という望みを叶えてもらい、食べ物を食べようとしてもすべて黄金に変わるから食べることができず、という逸話を使っているのです。

ここは、バッサニオが、黄金の箱に向かって、

Thou
= gaudy gold
= hard food for Midas

「おまえ、けばけばしい黄金よ、ミダス王の食えない食い物よ」

と話しかけている絵が出来上がります。

(ちなみにMidasの当時の発音は、「マイダス」)

私ね、シェイクスピアをやっていて、こうやってギリシャ神話だのキリスト教だののあれやこれやの知識を積んでおくと発見がたくさんあるのが好きなんです。

発音した時の音の類似や雰囲気の発見も好きなんです。

知識を積み重ねると、芸術作品を作者と一緒に楽しむことができる、そうするととても面白いんです。

そして、それが、ふとした出会いでの会話の中で生きて来る日がかならず、あります。

【今日のライブインタラクション】
ミダス王の神話を読み返してみよう

美女は化粧にかけたお金で買ったもの

『ヴェニスの商人』のテーマのひとつは、

外見と内面の乖離

です。

箱選びの王子たちが次々と外見に騙されていく時、
バッサニオは、

女の美しさは、化粧にかけた重さ(値段)で買ったものと言える。

と言っています。

わたしたちも、つけまつげやらファウンデーションやら、といろいろ上に塗るものにお金をかけがちですね。

シェイクスピアは自然が与えたままの顔を化粧でいじることには賛成しなかったようですね。

【今日のライブインタラクション】
見た目にどれだけお金をかけてきましたか?
または、お化粧しないと外へ出られない、と思っていませんか?

見た目に騙される愚か者

『ヴェニスの商人』の箱選び、いよいよバッサニオの番です。

“So may the outward show be least themselves”

「外見が本質を表すことは滅多にない」

彼はこう言い、「世界は虚飾に満ちている」と続けます。

日本語にもありますよね、
「人は見た目では判断できない」
と。

でも私たちはどれほど外見に影響を受けることでしょう。

実際、バッサニオだってポーシャのことをよく知りもせずに外見で好きになったのです。

同時に、ポーシャもまた、バッサニオの本質を知らず、外見だけで好きになりました。

人でなくても、例えば、汚らしい小石を見ても、それを大事にする気にはならないでしょう。
でも、その中にダイヤモンドの原石が隠れていたら?

本質を見つけるのは至難の技。
外見に騙されてしまったことは誰でもあるはず。

あなたの経験はなんですか?

【今日のライブインタラクション】
外見で人や物事を判断したときのことを反芻してみましょう。

愛の告白と宗教裁判

“Promise me life, and I’ll confess the truth.”

「私に人生を約束してください、それなら真実を告白します」

『ヴェニスの商人』の主人公のひとりバッサニオは、愛しいポーシャにこの愛が本物だと告げるために、こう言います。

するとポーシャは

”Well then, confess and live.”

「じゃいいわ、告白し、生き永らえよ」

と返します。

ポーシャの返答には、キリスト教徒の魔女狩り裁判(と言う名の拷問)や、エリザベス女王時代の反逆者裁判(と言う名の拷問拷問)で、審判がかける誘い文句のようですね。

「本当のことを言えば楽になるぞ」
みたいな。

で、本当のことを告白すると、そら魔女だ、そら反逆者だ、とやっぱり死刑。
告白しても生きられないことが大半でした。

これに対してバッサニオは間髪入れず

“Confess and love
Had been the very sum of my confession.”

「告して愛することこそ
まさに私の告白の真髄」

と答えています。

Live と Love をかけているんですね。
私がメールの最後につけている、
Laugh, Live, Love! にそっくりですね、ほほほ。

ちなみに、続けてバッサニオは、

“O happy torment, when my torturer
Doth teach me answers for deliverance!”

「おお、幸せな苦悶、目の前にいる拷問者が
口を割り、答えるよう指南してくださるとは!」

と答えています。
この答えからも、さきほどのポーシャの

“Confess and live”

が宗教裁判や反逆者裁判の常套文句だったことがわかりますね。

シェイクスピアは「きっと何か言葉の鍵が隠されているに違いない」と思いながら読むと、いろいろな発見があります。

今日も、日常会話で使えそうな、いい言葉がたくさん見つかりましたね!

【今日のライブインタラクション】
日本文学もたくさん読んで、言葉と想像力の幅を広げましょう。

案外めんどくさいポーシャ

『ヴェニスの商人』の本番が近づき、小道具の飾りが整い始め、演者も科白と共に何をしていくかが明確になってきて、徐々にキャラクターが自分のものになってきています。

科白だけ入っても、演出家が動きをつけても、演者がそのキャラクターの行動の本質を掴まない限り、それは学芸会のような「振りを憶えて暗唱している」ものにすぎません。

幸い、今回のキャストは皆とても柔軟で優秀。
ライブインタラクションの大切さを三輪えり花を通じて認識しており、英国の演技術を元にした、解釈と自由さと冒険心と遊び心を同時に発揮できる人たちです。

さて、私の演じるポーシャはと言うと、実はかなりめんどくさい人間であることがわかってきました。

ストレートではないんです。

たとえば、バッサニオに出会って、まだ箱選びもする前から、好きだという気持ちを認められずに、告白なのか告白じゃないのか、よくわからないようなことを言います。

“One half of me is yours, the other half yours —
Mine own, I would say: but if mine, then yours,
And so all yours.”

「私の半分はあなたのもの、残りの半分もあなたのもの・・・
私のもの、と言わなくちゃね。だけど、私のものだとしたら、それはあなたのもの、
だから結局全部あなたのもの」

やれやれ。

あ、でも、初恋の頃って、こんなでしたか?

【今日のライブインタラクション】
自分から好きだと言いすぎてやしないかと不安になって、「ポーシャった」ことがあるか思い出してみましょう。