文字を読むのが苦手な世代
お芝居をやってみたいかたに、どうしても必要なことを三つだけ上げろ、と言われれば、それは、
体力とコミュニケーション力、そして台本を読む力
です。
昨今は30秒ほどの動画を流し見する文化で、文字を読む習慣が身についていない方も多いと思います。読むとしてもせいぜい180文字かそこら。しかし台本は、長いのです。まずこいつを読むところから始めるわけです。体力とコミュニケーション力があっても、台本を読めなくてはダメです。そしてそれは、日本語が読めるだけではダメなのです。
そこで、ここでは、はじめて演劇を学ぼうとするかたのために、台本の読み方をお伝えします。
台本?戯曲?
お芝居のことを、演劇と言い替えられるように、台本のことは、戯曲(ぎ きょく)と言い替えられます。詳しい違いはあるのですが、最初のうちは、「あ、両方使うのか」程度の認識で大丈夫です。ここでは「戯曲」という単語を使って説明しますね。
戯曲は、小説よりも、読むのが大変です。なぜなら、小説は物語の進行や登場する者たち(キャラクター)の気持ちや行動について、いろいろ説明が書いてあるものですが、戯曲には、それが極端に少ないからです。
戯曲の読み方にも段階がありますが、ごちゃごちゃ説明して、読むのが嫌になってしまうと困りますから、一番最初に、一番シンプルに読むための方法からお話しましょう。
戯曲?小説?
戯曲と小説の最も大きな違いは、その表記の仕方です。
表記の仕方だけなら、日本語が読めれば台本なんて簡単に読めるじゃん。そう思いますでしょう?
ところが、表記の仕方が異なるから、読み方も異なるのです。この違いを知っておくだけで、戯曲を読むのがとても楽になるので、説明しますね。
【小説】
説明する文章「地の文(ぢ の ぶん)」が主体のことが多く、登場する者が喋る時は、「かぎかっこ」を使う。また、物語の展開は、段落を変えることで進む。
【戯曲】
説明する文章「ト書き(と がき)」は、最小限しかなく、キャラクターが喋る言葉で話が進む。キャラクターの名前がページの上部に書かれ、その下に、その者が喋る言葉が書かれている。これを台詞(せりふ)と言う。ト書きはその合間に、たまに挟まれる。段落は書かれない。
この違いから何がわかるかといいますと:
小説では、キャラクターが「そうか」と言っても、続いて地の文が「彼の頭の中ではさまざまな疑問が渦巻いていた」など話者の心の中を説明してくれます。それで読者は、そうかそうか、と了解しながら読み進めていけるのです。
しかし戯曲では「そうか」のあと、何の説明もト書きでは書かれません。もしかしたら「飲み物を手に取る」などの行動がト書きで示されることもありますが、話者の気持ちに関する説明は一切しないのが、戯曲のお約束なのです。
ですので、読者は「え、なんで今ここでこんなこと言うの?」と疑問を持ちながら読み進めなくてはなりません。
それで、ついていくのに時間がかかり、あるいは、自分で考えるのがめんどくさくなり、読むのが億劫になり、結果、つまんない、となり、最悪の場合、「演劇ってわけわからん」と演劇そのものを投げ捨ててしまいかねないわけです。
この悪循環に陥らず、お芝居をやりたい夢を叶えるために、最も重要な点、それは、戯曲は脳内で、場所と動きを想像しながら読むこと、です。
下準備
戯曲の冒頭には、たいてい、そこがどんな場所で、どんなキャラクターが登場するかは、書かれています。季節が書かれているかもしれません。
場所に関しては、ある程度現実を想像できる地名かもしれませんし、まだあなたにとって意味を持たないものかもしれません。
最初に読む時から、その場所についていろいろ調べながら読む派と、調べるのがめんどくさい派(私です)に分かれると思います。めんどくさい人は、そのまま読み進めましょう。季節はある程度、実感できますよね。
問題は、キャラクターです。
最初の説明文で、キャラクターの年齢、性別、人間関係は書かれていることが多いものです。
書かれていることは、その場で、別の紙に手描きでささっと人物相関図にし、手元に置いておきましょう。
読みながら「あれ、これ誰?」となったとき、横に置いてある相関図を見るだけなので、ページを戻らなくて済むため、読むのがスムーズになります。
読み始めたら
急がないことです。
急いで読み終わろうとすると、むしろ何度も読み直さなくてはならず、かえって時間がかかります。
「ふーん」「へー」「ここわからん」「なんで?」「よく喋るな、こいつ」「ここセリフ長いな、めんど」などで良いので、軽く脳内の感想を流しながら読み進めていきましょう。
何が起きているのかわからないと、脳はわかろうとしてがんばります。が、演劇初心者の脳は、それまでの蓄積が少ないので、どうがんばっていいのかわかりません。そのため、「わからない」が放置され、脳はストレスを感じます。
このとき、あなたは「わからなくていい!」と自分に言い聞かせましょう。
だって、プロだって、いろいろわからないことがあるから、演出家と一緒に稽古を何週間もするのですよ。
怯えず、ただ
「へー」「よくわからんけど・・・、ま、いっか」
で読み進めればオッケーです。
ただし、急がない!
心の中で「へー」と言うだけで、脳にはその戯曲に書かれている情報がゆっくりと蓄積されていきます。
「へー」がないと、蓄積もありませんので、無駄な時間になってしまいます。ぜひ「わからんけど、へー」を繰り返して最後までいきましょう。
読み進めながら
「へー」で情報を、理解するよりも受け取るだけに留めて、急がずに読む際、もうひとつやるべきことがあります。
それが、「場面を想像しながら読む」です。
この人と、あの人が喋ってるんだよね。さっき、あの人、怒ってたよね。いまどうなってんの?
と、キャラクターの心の中や、行動を想像するのです。
気持ちはどうなのか、言っていることは本心なのか、お茶を飲んでいるところだったよね、好きな人がこの場にいるんだよね、などなど。
とくに、セリフの中に情景の描写がある場合、その情景を脳内で映像化してみましょう。
シェイクスピアはじめ、古典的な作品はもちろん、現代劇でも
「緑の山のはるか向こうに何か光るものが見えたんだ」
的なセリフはよくあります。
文字だけを追わず、それをカメラが追うように静止画や動画として脳内再生する時間を持ってみてください。
はい、これでおわかりのように、この「想像する」ことには、けっこうな時間がかかるのですよね。
そして、やりすぎると全く先へ進めません。
なのでどちらかと言うと、「完璧に想像する」ことはそもそもやめて、「こんな感じなのかな?」と軽いクエッションと共に、ふわっと一瞬思い浮かべる程度が良いのです。
気持ちも風景も、最終的には稽古場で演出家と共演者と共に創り上げるものですから。
(あなたの想像した「緑の山」と、演出家や共演者の想像する「緑の山」は、異なるものなので、この作品における「緑の山」の共通認識を稽古場で皆で創り上げるのです)
途中で飽きたら
休みましょう。
そして、それまでに得た情報や想像を反芻して、脳内に落ち着かせるのがおすすめです。
ぐいぐい読み進められる戯曲もありますが、たいていの戯曲の冒頭では、謎が多いものなのです。
なぜなら、その謎は、物語が進むにつれて「あ、なんだ、そっか!」と解けていくようにできているからです。
ですから、読み始めが一番難易度が高いのです。
それで、急がず、情報を取り入れるだけ、ちょっと情景らしいものを思い浮かべる程度にとどめるのが良いのです。
次の日にまた読み進める時には、昨日、脳に落ち着かせた情報が助けになり、もっと読みやすくなります。
読み進めるに従い
次第に、気がついたことをメモするゆとりも生まれるかもしれません。あるいは、熱心な俳優志望者なら、最初からいろいろ気づいたことを書き込みたくなるかもしれません。
しかし、私のおすすめは、1回目はとにかくメモを取らず、脳内「へー」「よくわからん」「なんで」「こんな感じかな」を流しながら、とにかく読み進めることです。
物語が進むにつれ、いろいろな謎が解けていきます。
あるキャラクターについて、より理解が進んだり、納得感が生まれたりします。
そうなってくると、冒頭の謎だらけの箇所での
「へー」「なんで」「わからん」「こんな感じ」
は、より
「おおそうか」「なるほど」「なんだそっか」
に変わっていき、
「こんな感じ」
がより鮮やかに浮かぶようになるでしょう。
はじめての戯曲を読み終わったら
読み終わったら、その場で、感想を短くその戯曲のタイトル部分に書き込みましょう。
電子書籍の場合はメモ機能もあると思いますが、タイトルを見た瞬間に、その戯曲に対してどんな感想を持ったのか一目瞭然にできると良いですね。
難しかった。面白かった。登場人物多すぎてごちゃごちゃになる。暗かった。重かった。辛くなった。スッキリした。めちゃ共感できる。〇〇の役を演じたい!〇〇ってやつ、サイテー!
・・・などなど。
その戯曲をこれから上演するなら、何度も読み返していくことになります。
しかし俳優になるなら、たくさんの戯曲をとにかく読んで、演劇のなかで「知っておくのが常識」と言われる作品を知識として溜め込むのはとても大切です。
上演しないからと言って読まないのではなく、次々にどんどん、この調子で読んでいってください。
何から読む?何を読む?
舞台や映画で観た作品なら、何が起きているかを想像しやすいので、お勧めです。それなら、シェイクスピアなどの長い大作でも、読み進めやすいでしょう。
演劇人なら常識として知っておきたい戯曲は、たくさんあります。
まず、有名といわれる作品リストを作り、手当たり次第に読みましょう。
急がないことは常に重要ですが、次から次へと読んでいくので、いちいち憶えていなくても大丈夫。タイトルに書いた短い感想を見れば、「ああ、あの!」とすぐに思い出せるはずです。
では、その有名作品リストはどうやって手に入れるのか、ですが、インターネットで、
「俳優となる上で知っておいた方が良い戯曲を10本挙げて」
とAIに尋ねるのが最速かもしれません。
Aiが選んだ中にはシェイクスピアなどの超大作や、寺山修司などの詩的難解作も入ってくるかもしれません。
初心者がわかりやすく台本の読み方を学んでいくための、私からのお勧めは、こちらです。
(私の主観なので、あなたの周りの先輩俳優や演出家にも、お勧めを尋ねてみましょう)
【台本の読み方を身につけるなら】
日本のものなら、この作家のものをまず読んで!
岸田國男(きしだ くにお)
井上ひさし(いのうえ ひさし)
矢代静一(やしろ せいいち)
海外ものなら、この作家
ヘンリク・イプセン
テネシー・ウィリアムズ
アーサー・ミラー
AI回答と上記を合わせて選んで読んでみてね。
おまけ プチ知識
⭐️台本と脚本の違い
映像の台本のことは、「脚本(きゃくほん)」と呼ばれます。
これは、スタッフ用の指示がいろいろ書き込まれた台本のこと。
撮影進行スピードの速い映像現場では、スタッフにとって必要な事項を、作家があらかじめ台本の下段(脚)に書いておき、それを完成台本として現場に渡します。
演劇の場合は、演出家とスタッフが一緒に話し合いながら見せ方を工夫していくので、台本にはスタッフに必要な事項は印刷されていません。
このような理由で、台本と脚本は、呼び方が違うのです。
が、俳優が読むのはあくまでも母体の「台本」の部分です。
⭐️台本と戯曲の違い
台本とは、俳優がリハーサル用にいろいろ書き込めるように、戯曲を印刷し直して、一冊の柔らかい冊子にした物体のことです。
戯曲は、書店に置かれたりネットで文字だけ販売されたりできるもので、いくつもの戯曲がまとめられて書籍になっていたりもします。
読むだけ用の仕様なのが戯曲。
それを、リハーサルに使う仕様にしてあるのが台本。





